レッチリ
@oi09065910811
2026年7月4日

乳と卵
川上未映子
読み終わった
豊胸手術を検討している巻子と自分の体内に卵子が存在していることに嫌悪感を抱く緑子。緑子は四十を超えて豊胸手術をしようとする母親に対して気持ち悪がる。緑子にとって母親の豊胸手術は、自分が生まれたことを無かったことにする儀式なのだ。だから母親が熱心に豊胸について語る時、緑子はまるで自分の存在が無に帰してしまうかのような、そして母親がそれを望んでいるかのような感覚を覚える。だから緑子自身も子どもを産むことに対して嫌悪感を抱いている。また、緑子が母親とノートで会話をしているのは、自身の存在が消えつつある、あるいは消えるべきであると緑子自身が無意識に思っているからだろう。
終盤では緑子と巻子が卵を自分の頭に叩きつけながら泣き叫ぶシーンがあるが、これはそれぞれが抱えていた「女性性的苦悩」から一時的に解放されたことを意味していると考える。緑子は自分は生まれてきてはいけなかったのではないかという疑念を一時的に払拭し、自分の存在を取り戻し声を発することができた。巻子は緑子の発言から緑子が自身の豊胸願望に対して何か「ほんまのこと」があるのではないかと勘繰っていることを知る。緑子が考える「ほんまのこと」とは、巻子が緑子を産むべきでは無かったと考えていることであるが、実際には巻子にはそんな思考は及んでおらず(緑子に愛情を向ける描写もある)、「ほんまのこと」なんてないと緑子に言う。
ラストシーンでは緑子は声を発することができ、主人公が巻子に豆乳を飲むよう進めていた。2人ともかつて抱えていた「女性性的苦悩」からは解放され、2人は共存できるようになった。女性にとって子どもを「産む」とはどういう意味をなすか、また子どもを産むことを半ば義務付けられた状態で「生まれる」ことの苦悩がどのようなものなのか。川上未映子はその鮮やかな文体で、人間の、あるいは生物の本質的な問いを投げかける。
