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レッチリ
@oi09065910811
  • 2026年7月30日
    螢・納屋を焼く・その他の短編(新潮文庫)
    三宅香帆がノルウェイの森に関する論文の中で「螢」と「めくらやなぎと眠る女」を引用しており、気になって読んでみた。 「螢」は完全にノルウェイの森の下敷きとなるような話で、ここからあの物語が生まれたのかと感慨深い気持ちになった。「螢」を下敷きにした恋愛長編小説を書きたいと思い執筆に取り掛かったところ、完成した作品が想定の倍以上の文量になったことに対して村上春樹は、この小説は思った以上に書かれることを求めていたのだろうと思う、と言った。 「めくらやなぎと眠る女」は物語こそノルウェイの森の原型をなしているとは言い難いが、比較した時に似ている描写がかかれている。作中に出てくる胸の手術で入院している友人の恋人というのは直子を彷彿とさせる。ノルウェイの森で書かれた不可解な点について補助線を引くような役割を本作は果たしている。 また、この2作以外の短編も優れており、特に「踊る小人」という短編は個人的に面白かった。
  • 2026年7月30日
    敗戦後論
    敗戦後論
    國分功一郎の「天皇への敗北」を読んで本作が引用されていたので読んでみた。 敗戦後の日本人が陥ってしまった問題について、太宰やサリンジャーなどを引用して文学的な視点から、あるいはハンナアーレントの「イェルサレムのアイヒマン」を取り上げて語り口の視点から論評している。 戦後の日本は、自国の亡者への哀悼と他国の死者への謝罪を両立させることができなかった。日本という一つの国の中で人格が二つに分裂してしまった。それによって失われた国民性を日本人はいまだに取り戻せずにいる。戦後80年経った今でも、「戦後」と地続きにあるということを自覚せねばならない。
  • 2026年7月30日
    万延元年のフットボール
    万延元年のフットボール
    難しい。文体も物語も難解極まりない。 ただ後半からは何となく描きたいことが分かってきて面白かった。主人公と鷹四の対比や鷹四の贖罪など、固有の物語から一般論に敷衍させられるような部分もあって楽しめた。 この物語を本当の良さを理解する為にはもっと読み込む必要があると感じた。
  • 2026年7月19日
    芽むしり仔撃ち
    芽むしり仔撃ち
    大江健三郎の初期長編作品。 人間を極めて物質的に描く本作はそのリアルすぎる描写に思わず目を逸らしたくなるような瞬間がある。だがページをめくる手を止めることはできない。作中の登場人物が実際に時間を止めて直面している現実から目を逸らすことができないように、読者も作品世界に没入すればするほどに、その中で起こっていることから逃げ出すことはできない。そこには希望も夢もなくただ地獄が待ち受けているだけかもしれないが、地獄を地獄と認識することができないほど地獄は僕らの近くに接近してくる。
  • 2026年7月14日
    天皇への敗北
    天皇への敗北
    皇室典範改正案が閣議決定されたとのことで、天皇制や立憲主義、憲法について学びたくなって読んだ。 僕はずっと戦後の日本がナショナリズム的なものを失って、統制が取れなくなった、つまり日本人の中で分断が起こった理由を、天皇の人間宣言に見出してた。この本を読んで、天皇の人間宣言ではなく、天皇がかつての戦争についてその責任を負わなかったこと、ひいては日本国全体として加害者意識というものが共有できていなかったことが重要になってくると分かった。  戦後の日本ではGHQが天皇制を維持するために日本国憲法を公布した。つまり日本国憲法は日本人が考え策定したものではなくアメリカから半ば強制的に公布に踏み切らされたものだ。しかし当時の日本人はその事実から目を背けていた。アメリカから圧力を押し付けられているという事実を無視し続けた。またその日本国憲法の9条によって天皇は戦争責任を免れ、1条によって保護されている。これらの一連の事柄によって、日本国民は戦争に対して加害者という意識を持てなくなり、むしろ被害者的な感覚が共有されるようになる。この自己欺瞞が解消されない限りは、日本国民全体が一つの単位となることはなく、そしてそれは戦後から今までずっと続いている。  日本では右派が天皇制と対立し、左派が天皇を肯定するという極めて珍しい状況が起こっている。それも全て、かつての日本国民が自らに課した自己欺瞞に根差している。戦後80年経過した今でもその禍根は消えることなく僕らを取り巻き、そのような混沌の中で日本が一つになることはあり得るのだろうか。
  • 2026年7月12日
    ねじまき鳥クロニクル 第3部
    ようやく読み終えた。1を読み始めてからトータルで5ヶ月ほどかかった。途中で何度も挫折しかけたが最後まで完走できた。 なぜ挫折しかけたかというと、単純に文章量が多いということもあるが、ストーリーが煩雑すぎてのめり込めなくなる瞬間がたびたび訪れてしまったからというのがある。村上春樹は小説を書くときに最後までの流れを決めてから書くのではなく、書きながらその先を考えるというスタイルで取り組んでいる。それによって村上春樹作品特有の流動的な展開が表現されている。そして本作ではよりその流動性というものが強く出ており、もはや本筋の話がどれなのか、今は何の話をしているのか見失ってしまうということが起こり得る。なので本作は村上春樹作品の中でも特に集中力が必要とされる作品だと思う。同時に他の作品と比較しても物語の持つ奥深さはかなりのものである。無関係と思われていた描写が結実することによって生じるカタルシスは読者を予想だにしない地平へと誘ってくれる。
  • 2026年7月5日
    勝手にふるえてろ (文春文庫)
    エンタメ小説として面白かった。好きだけど全く振り向いてくれない男と好きじゃないけど好意を寄せてくる男の間で心が揺れる主人公。実際に恋愛をし、結婚をするうえでは、どちらを選ぶのが最善なのか。 綿谷りさは芥川賞作家であるが、純文学的なものよりこのようなエンタメよりの作品の方が向いていると思う。 あと本編の後にある短編「仲良くしようか」がかなり難解でよく分からなかった。
  • 2026年7月4日
    乳と卵
    乳と卵
    豊胸手術を検討している巻子と自分の体内に卵子が存在していることに嫌悪感を抱く緑子。緑子は四十を超えて豊胸手術をしようとする母親に対して気持ち悪がる。緑子にとって母親の豊胸手術は、自分が生まれたことを無かったことにする儀式なのだ。だから母親が熱心に豊胸について語る時、緑子はまるで自分の存在が無に帰してしまうかのような、そして母親がそれを望んでいるかのような感覚を覚える。だから緑子自身も子どもを産むことに対して嫌悪感を抱いている。また、緑子が母親とノートで会話をしているのは、自身の存在が消えつつある、あるいは消えるべきであると緑子自身が無意識に思っているからだろう。 終盤では緑子と巻子が卵を自分の頭に叩きつけながら泣き叫ぶシーンがあるが、これはそれぞれが抱えていた「女性性的苦悩」から一時的に解放されたことを意味していると考える。緑子は自分は生まれてきてはいけなかったのではないかという疑念を一時的に払拭し、自分の存在を取り戻し声を発することができた。巻子は緑子の発言から緑子が自身の豊胸願望に対して何か「ほんまのこと」があるのではないかと勘繰っていることを知る。緑子が考える「ほんまのこと」とは、巻子が緑子を産むべきでは無かったと考えていることであるが、実際には巻子にはそんな思考は及んでおらず(緑子に愛情を向ける描写もある)、「ほんまのこと」なんてないと緑子に言う。 ラストシーンでは緑子は声を発することができ、主人公が巻子に豆乳を飲むよう進めていた。2人ともかつて抱えていた「女性性的苦悩」からは解放され、2人は共存できるようになった。女性にとって子どもを「産む」とはどういう意味をなすか、また子どもを産むことを半ば義務付けられた状態で「生まれる」ことの苦悩がどのようなものなのか。川上未映子はその鮮やかな文体で、人間の、あるいは生物の本質的な問いを投げかける。
  • 2026年6月29日
    わたくし率 イン 歯ー、または世界
    川上未映子のデビュー作である本作は、流れるような文体と目まぐるしく移り変わる主人公の思考や感情に振り解かれないように読み進める、そんなラフティングのような読書をさせてくれる。奥歯というものに自分の実存の全体重を預ける主人公は、自分の口腔内から一歩も外に出ることができず、あるいは外から拒絶されたから奥歯へと前線を引き下げることになったのかもしれないが、つまり彼女にとつて唯一コンプレックスを抱えていない奥歯という部位が彼女を外部から守ってくれる領域として機能していたが、その領域は突如として破壊され、もはや機能を失った奥歯は彼女にとって必要でなくなり、彼女は奥歯を抜く。普通にしていたら人の奥歯、あるいは自分の奥歯すらなかなか見ることはない。だから奥歯というのは象徴として機能し得るのに十分だったのだ。また、文体も独特で素晴らしく、このような文体で物語を紡げる作家は希少であると言える。
  • 2026年6月28日
    推し、燃ゆ
    推し、燃ゆ
    再読。 思わず手に取ってページをめくってみたくなるよう な可愛らしい表紙とキャッチーなタイトルとは裏腹に、内容はどこまでも真っ黒で終わることのない闇を見せつけられる。 推しが炎上するというのがこの話のスタート地点であるが、この話における「推し」という概念は、例えばインザメガチャーチで朝井リョウが書いた個別具体的なそれというよりかは、もっとその奥にある抽象的なものを表層に吊り上げて描いていると思う。つまりこの話は何も推し活の話ではなく、現代人が抱えている生きづらさを描く中で、たまたまこの主人公は推し活を生きづらさの解消に利用していたというだけで、だから表面では今の若者に受け入れてやすい推し活を打ち出していて、その奥には誰もが抱える孤独や憂鬱さを包括している。普遍的でありながら同時代的でもある、これがこの作品の優れている点だと思う。
  • 2026年6月27日
    かか
    かか
    宇佐美りんのデビュー作で評価が高かったので読んでみた。文体が独特で引き込まれた。 母親が感じている生きづらさを自分が生まれてきたせいだと思う主人公は、自分が母親を妊娠して一から育てたいという願望を抱える。 「共感」とか「同一化」というのがこの小説のテーマだと思うが、依存先を失い実存的な孤独を抱える昨今の人々には刺さると思う。
  • 2026年6月26日
    小説言の葉の庭
    最近雨が多いからふと思い出して読んだ。 新海誠は村上春樹から影響を受けていて、その中でもセカイ系という構造を大々的に持ち出したという点では評価されるべきだと思う。 秒速5センチメートルでは主人公が「時間的牢獄」に「1人」閉じ込められた一方で、本作では「空間的牢獄」に「2人」で閉じ込められた。その点では秒速よりかは幾分か救いのある話だなと思った。 でもやはり(当たり前と言えば当たり前だが)新海作品は映画でその本領を発揮するのだなと感じた。
  • 2026年6月21日
    「日銀」が日本を滅ぼす
    「日銀」が日本を滅ぼす
    日銀が30年ぶりに金利を1%まで引き上げたということなので読んでみた。 失われた30年で日銀がしてきた政策の失敗点について書かれていて面白かった(面白がっていいのか分からないが)。 金利を上げたことについては批判もあると思うが、今までの異常なまでの低金利からようやく脱却の兆しが見えたという点では、悪くない傾向だと思う。 日銀のこれからの動きが楽しみになる一冊だった(楽しんでいいのか分からないが)。
  • 2026年6月20日
    金閣寺
    金閣寺
    文章が美しすぎる。それなのにスラスラ読み進めてしまう。すごい。 主人公が終戦後に金閣を焼くと決意したことから当時の日本国民にとって終戦、あるいはその後の天皇の人権宣言というのがどのようなものであったかがよく分かる。終戦というのは解放であると同時に自己拘束へと導くきっかけでもあったのかもしれない。
  • 2026年6月15日
    死者の奢り・飼育
    大江健三郎の初期作品6作が入っている。「飼育」は芥川賞を受賞した。 サルトルと実存主義に基づき、人間の存在のあり方について書いている。 「死者の奢り」「他人の足」では、人間を一つの物質的存在として捉え、その身体や生の意味について考察している。一方、「飼育」「人間の羊」「不意の唖」「戦いの今日」では、日本人と外国人という対立関係の中で、人間が他者とどのように向き合い、偏見や暴力、支配と被支配の関係をどのように生きるのかが描かれている。これらの作品を通して大江は、戦後社会における人間の孤独や不安、そして自由である、不自由であるとはどういうことかを追求している。
  • 2026年6月14日
    赤頭巾ちゃん気をつけて
    学生運動の煽りを受け大学入試が中止になった高校3年の青年が主人公の物語。青年はいつも周囲をトゲトゲした目で見ており、心のうちでは自分を誰よりも激しい痴漢であり色情狂で強姦魔で喧嘩好きの暴行犯で殺人狂であると考えていて、そんな自分に恐怖を抱いている。 つまりこの話は実直な感性と知性を持つ青年が、自分を襲うアドレセンス的な感情をなんとか統制しようと試みる話だ。彼はどこまでも賢くて優しくて素直だ。だから色んなことについて悩んでしまうし、傷ついてしまう。 作者の書く文章はそんな主人公の流動的な心情をその独特な文体で表現することに成功している。主人公の心から感情がそのまま溢れてきて密閉したかのようなリアルな質感を覚える。 したがってこれはとんでもない傑作といえる。
  • 2026年6月11日
    こころ
    こころ
    中学の頃読んだ時は「難しいな、読みづらいな」と思っていたが、今回読んでみるとすらすら読める。自分の中のこころ=難解という方程式がページをめくるごとに崩されていく。あまりにも文章が上手で、人間の心の機微をここまでうまく描写できるのかと驚いた。 Kと先生は2人とも自分や周囲に対して誠実であろうとしすぎるがあまり、些細な嘘や欺瞞を見過ごすことができなかった。Kが奥さんから先生とお嬢さんが結婚することを聞いた時、微笑みながら「おめでとうございます」と返したシーンは涙が出そうになった。 間違いなく日本文学の金字塔。
  • 2026年6月8日
    水たまりで息をする
    風呂に全く入らなくなった夫に対して、執拗に咎めることなくあくまで夫の考えを尊重する体をとりながら、それは無関心ではないかと自分を訝しむ主人公。結婚相手に対して子供の頃に川で拾って飼育していた魚の姿を投影する彼女は、夫婦生活を「おままごと」的にしかこなすことができない。結婚というシステムを使っても解消されな現代人が持つ堅固でソリッドな孤独感を水という極めて流動的なものを通して描いている。
  • 2026年6月7日
    車輪の下
    車輪の下
    自伝的小説ということもあって、メッセージ性みたいなのは特に受け取れなかった。ただ主人公のハンスに共感できる人は多くいると思うので、日本でよく読まれている理由は分かった。
  • 2026年6月6日
    性的人間
    性的人間
    性的人間 各々が個人的に抱える性的渇望、それを実現しようと試みる主人公たちであるが、性的なものはどこまで行っても他人との間に生じるもので、軋轢は摩擦を避けることはできない。結局のところ本当の意味での欲求を満たすことは誰にもできないのではないか。快楽は全て偽物で、本物は往々にして苦しいものだ。 セヴンティーン 主人公である青年のリビドーの行く先は右翼化することであった。右翼的思想に傾倒することで、自分の中の有り余るリビドーを解消することに成功する。しかしそれは外的要因によって示された道であり、本人の意思は介入していない。しかし青年は満足げであった。 共同生活 4匹の猿に見つめられている妄想に駆られる主人公の青年。彼は猿に見つめられてからというもの、生活の殆どにおいて猿に意識を取られていた。ある日彼は会社で覗き見犯の冤罪をかけられ、その後猿は彼の視界から消えた。猿から解放された彼は一見自由であるが、依然として彼はどこか鬱然としていて、あるいは猿の視線によって自己を保っていたのかもしれない。
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