
本屋lighthouse
@books-lighthouse
2026年7月4日
アウステルリッツ(新装版)
W・G・ゼーバルト,
鈴木仁子
読んでる
しばしのち、七時十三分発の列車の発車間際に客車の通路側の窓から外をのぞいたとき、疑いようもない、プラットホームに架かるガラスと鉄骨の屋根の、三角形や半円や水平線や垂直線や、対角線で組み合わされたその模様を、自分は前にもいちど、同じ仄明かりの中で見たことがある、と卒然として確信したのです。(p.210)
『急に具合が悪くなる』についてなにか書こうと思いつつ、どこか軸になるものが見当たっていない気がして手がつけられず、代わりにアウステルリッツの話を聞きつづけている。アウステルリッツの「思い出す」は我々もみな体験したことのあるもののはずで、つまり認知症の人の生きる点線の世界を、健常者と己を自認する者も生きている。思い出すという行為は常に点線的で、思い出してからそれを「実線」にするのかしないのかの違いなのかもしれない。認知症の人は実線にしようとする。そうはせずに点線のまま放置しておくと「健常者」とみなされる。そうであるならば、「狂っている」のはどちらなのかという問いがあらためて浮上してくる。

