
あやさび
@ayasabi
1900年1月1日
BUTTER
柚木麻子
読み終わった
@ KIMAMA BOOKS(キママブックス)
『バター』を読むきっかけは、土門蘭さんが読んだとVoicyで話されていて、読みたくなりました。
(土門蘭の書書然然#131)
「 生成り色の細長い建売住宅が、なだらかな丘に沿う形でどこまでも連なっている。
よく整備された町並みからはどこに居ても均一な印象しか受け取ることが出来ず、里佳はさっきから同じ場所をずっとぐるぐる回っているような気がする。冷え切った右手の指先のささくれが、大きくめくれた。」p7
冒頭から、引き寄せる文章。わあ、と声がでました。思い出したのは、ホンマタカシさんの写真集『東京郊外』のカクカクとした四角い家が並ぶ写真でした。バターの箱が並んでいるような街。わたしも以前、そんな街中で知人宅を探している時、人や動物や植物の気配も少なく、歴史の痕跡もない新しくつくられた場所にいると、自分までその均質化に染まるようで、ささくれだつような不安を感じたことがあります。
郊外に主人公が来ただけで、すでに息苦しさを感じてしまう…この均一的な町から、この物語に取り巻いていく枠の怖さを予感させます。
なぜそんなに枠に納められることは怖いのか。
女らしく。
太らないように。
女は、男は、人は、〇〇は、こうあるべき。
無意識のうちに、自ら納まろうと、自分のケアを疎かにしてまで、頑張って生活する。
気づけば、本当にわたしがしたいことは何なのか、
「同じ場所をずっとぐるぐる回っているような気が」して、わからなくなる。
太るから、むくむから、体に悪いから、
これがいいとテレビや雑誌でいわれている
健康に良いものを食べ、
本当にわたしが食べたいものって何なのか、
いまいちよくわかっていなかったりする。
『バター』を読んでいると、
ああ、わたしは自分が喜ぶことを疎かにしているんだ、
と思いました。
とにかく、バターが食べたくなり、
ごはんに、バターを一切れ、明太子を一本のせ、
かきこみました。
さらにぐう、とお腹がなり、牛乳を一杯飲み干しました。
読み終えて、ホットケーキを作って、バターをたっぷりのせて、
楽しく食べようと決めました。
友達とも食事を楽しもうとも。
あるがまま、自分らしく、レシピを教える、教わるように、だれかと繋がりがうまれて、かかわることをうけいれて、のみこんでいく、そのままのつよさを知ること。
こちらの河出文庫の『バター』には、
野間出版文化賞受賞スピーチ『帝国ホテルですてきな立食パーティーを』と、
イギリスツアー日記『どんな場所にも小説とカラオケはある』
が収録されています。
どちらも短編ですが、面白く、イギリスツアー日記はなかなか波瀾万丈で、バターのように濃厚で、読み応えありました!
全582ページですが、あっという間に読み終え、後味こってりでした。
ああ、でもあの後味…また読みたくなります。

