
句読点
@books_qutoten
2026年7月5日
古くてあたらしい仕事
島田潤一郎
読み終わった
昨日のイベント出店の店番中に読了。
前にも読んだことがあったけど、久しぶりに読み直した。
やはり島田さんの文章がとても好きだ。優しさが滲み出ている。
今自分の年齢が、島田さんが夏葉社を立ち上げた時と同じ、33歳。(正確には8月で)だからかもしれないが、今この本読み直して、余計に心に沁みた。
この本を読み終えると、夏葉社から出ている本をたっぷり時間をかけてゆっくり読んでみたくなる。
島田さんの仕事観は、今どんな状況に置かれている人にも灯台のような光を投げかけてくれると思う。将来が不安で仕方ない人、現状に満足できていない人、あるいは今の仕事に満足できている人にとっても。
お金よりも前に、自分が必要とされること、自分を必要としてくれる人のために動きたいと思うこと、これがあらゆる仕事の最も根源的なところにあるのではないかという。
世の中にはお金や成績や、さまざまな価値基準によって数値化されるもの以上に、数値化不可能な価値はたくさんあって、言葉にできないもの、なんてことないような思い出とか、感情の動きとか、そういうものが「仕事」のスタート地点にはあるという。
島田さんの優しさの裏にある悲しみや孤独、不安、そうしたものもひりひりと伝わってくるけど、だから余計に優しさが沁みる。嘘がないと感じる。
若松英輔さんが『悲しみの秘儀』などの中で、「かなしみ」は「悲しみ」とも書くし、「愛しみ」とも書く、ということを書かれているけど、島田さんの文章からはまさにそれを感じる。
従兄との夏休みの思い出が本当にきれいで、こちらまで泣きそうになる。夏葉社という名前、本当に素敵だなあ。従兄弟の家族たちと海岸で服を燃やすシーンはありありと映像が浮かんできて小説のよう。
夏葉社の事業計画書の、その経験に裏打ちされた具体性、シンプルさは揺るぎなくて、お手本にしたい。
いろいろ文章が良すぎて引用したらキリがないのだけど、いくつか今気になったものを。
「これだったらまず大丈夫だろう、というような手堅い企画も、得てして売れない。
思うに、読者はすでに評価が定まっているような既知のものよりも、生活にほんのすこしの風穴を開けてくれるような、あたらしいものを望んでいるのだ。それは、自分のことを考えてみると、よくわかる。」p.166
「あたらしいものは古くなるし、古いものはあたらしくなる。けれど、まれに、いつまでも新鮮で、あたらしい姿のままのものもある。それが優れた仕事というものだろう。」p.168
→「古くてあたらしい仕事」!
「ぼくが本屋さんが好きで、本が好きなのは、それらが憂鬱であったぼくの心を支えてくれたからだ。それらが強い者の味方ではなく、弱者の側に立って、ぼくの心を励まし、こんな生き方や考え方もあるよ、と粘り強く教えてくれたからだ。
それは本だけではない。音楽や映画やアニメーション。喫茶店や中古レコード屋さんや映画館。
こうしたものは、人生を支えてくれる。それは既に力ある人たちの権力を補うものではなくて、そうでない人たちの毎日を支える。
それらは特効薬のような効果はないかもしれないが、本ならば一冊の本を読み終える時間を、映画ならば一本の映画を観るという豊かな時間を、喫茶店であれば一杯のコーヒーを飲む時間を提供するものとして、読むもの、観るものに、夢を与える。
それは、夢を叶えるという意味での夢ではなくて、日常とは異なる世界で時間を過ごすという意味での、文字通り、夢を見る時間だ。
現実の世界だけでは、ときどき、たまらなく苦しい。逃げる場所もないようにみえる。それは、スマートフォンでニュースを見ていても、SNSを見続けていても同じだ。
けれど、現実に流れる時間とは別の、もうひとつの肥沃な時間を心のなかにもつことができれば、日々はにわかにその色を取り戻す。
本を読むことは、音楽に耳を澄ませることは、テレビの前でスポーツに熱中することは、現実逃避なのではない。その世界をとおして、違う角度から、もう一度現実を見つめ直すのだ。あるいは、そうした虚構のフィルターをとおして、悲しみやつらいことを時間をかけて自分なりに理解するのだ。
必要なのは、知性ではなく、ノウハウでもなく、長い時間だ。現実に流れる時間とは異なる時間を、自分以外のどこかに求めること。そうすることで、生きることはだいぶ楽になる。素晴らしい作品は、いつまでも心のなかから消えず、それは内側から生活するものを支える。」p.183-184
→この部分は深く頷きながら読んだ。自分の本屋でも異なる時間の流れを大事にしたい。







