torajiro "滅亡するかもしれない人類のた..." 2026年7月1日

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@torajiro
2026年7月1日
滅亡するかもしれない人類のための倫理学 長期主義・トランスヒューマン・宇宙進出
人類の未来のあり方や未来に関わる各種技術や環境等との関係について、倫理学的な側面からどのような論点や議論の対立があるかを示し、かつ著者としてもさまざまな面での思考実験を行いながら立論を試みる一冊。長期主義にも倫理学にもそれ程詳しいわけではなかったので整理しながら理解するのは難しかったが、時間軸を変えて捉えることで価値判断のあり方が変わり得るという点は元々関心のあった点でもあり色々と刺激を受けられた。分かりやすいところではベンサムの「最大多数の最大幸福」は多くの人が聞いたことのあるかと思いますが、例えばこの問題を考える上で幸福の合計点を考えることと平均点を考えることでは何がどう異なりどちらが良いのか、未来のまだ生まれていない人類の幸福を考えるとはどういうことなのか、超技術で超寿命化したり地球外に飛び出した人類が現れた場合どこまでを人類に含めて考えるべきか、動物を含めたり、幸福というプラスだけではなく苦痛というマイナス面について考えたらどうなるか、などなどさまざまな論点が提示されます。 各種の議論自体で想定されている場面や技術は極端なものだったりもするので、なんでそんなことを考えているのかと思う方も少なくないかと思いますが、AIを始めとした技術革新、気候変動などの環境問題、少子高齢化や国際情勢不安など、問題ばかりの社会の中で何か少しでも社会に良いことをしようとする取り組みの中ではしばしば倫理的な判断が求められたり関わる場面は相当に多い。というか、実はそうでない場合の方が少ないように思う。 個人的には非営利組織の社会課題解決を志向した事業に関わることが多いので、特定の受益者の苦痛や幸福に着目する視点、受益者を層として捉える視点、受益者も含めた市民や住民を総体として捉える視点、社会全体を捉える視点、といった対象の範囲と、社会的プログラムに参加している間や直後、数ヶ月から1年、2〜3年、5〜10年、数十年や次の世代、更に先まで見据えたものなどの時間軸と、どの掛け合わせに主に焦点を当てた議論をしているのかで前提とされる倫理観が異なるということを改めて感じた。学んだ視点を今後の仕事現場でのさまざまな問いかけに活かしていきたい。
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