紫嶋 "十角館の殺人 <新装改訂版>" 2026年7月7日

紫嶋
紫嶋
@09sjm
2026年7月7日
十角館の殺人 <新装改訂版>
この本を読んだのは、今回が二度目。 一度目は、紙の文庫本。一昨年の旅行中、長距離の電車移動の最中に、のめり込んで一気読みした。 舞台化されるにあたり内容を復習したいと思い、今年再読。今度は電子書籍を選び、暇を見つけてはゆっくりと読み進めていった。 真相を知る瞬間の衝撃は、初読の一度きりしか味わえないとびきりのご馳走だった。この作品は特に、その「一回きりの瞬間」があってこそなところがあるので(ミステリとは大抵そういうものかもしれないが)、二度目以降はどうしてもおさらい感が出てしまう。 とはいえ、全てを知った上で細部を噛み締めつつ読んだ二度目も、それはそれで面白かった。登場人物それぞれに愛着も湧いてくるし、本の形態や読むスピードが違っていたのも良かったのかもしれない。 改めて読んでみると、この作品は日本の現代ミステリの金字塔の名にふさわしい、新しい古典と呼んでも差し支えない一冊でありながらも、決してすこぶる優れた名探偵がいるわけでも、複雑極まりない繊細なトリックが存在しているわけでもない。 作中の探偵役は皆どこか見当はずれな方向へ推理を自由に羽ばたかせがちで、それが逆に読者のミスリードを誘う。 犯人の手口や計画も、明かされてしまえば割と運任せや行き当たりばったり、忙しなく駆け回りながらなんとか成立させたもので、これでよく犯行を完遂できたものだと思う。動機だって同情の余地はあるが、突っ込みどころがないわけではない。 登場人物たちの背景について、佳境に差し掛かってから唐突に「実家が病院で〜」「家族を強盗に殺されていて〜」などが飛び出してくるのも、都合よく生えてきた設定に見えなくもない。 そう考えると、割と内容としてはフワフワしているのである。 それでも稚拙という印象にはならず、作品としてここまでの面白さを叩き出しているのは、徹頭徹尾エンタメとして、読者を楽しませるカラクリとしては抜かりなく構成されているからであり、そして誰もが口を揃えていう「あの一行」が、これ以上ないという最高のタイミングで目に飛び込んでくるからだろう。 だからちゃんと面白い。「あの一行」の衝撃を味うためだけに読む価値があると感じるからこそ、他人にもオススメしたくなる一冊である。
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