
じょるじゅ。
@kameupaupa
2026年7月7日
読み終わった
@ 自宅
今月最初の読了です。先日拝読した『本とは何か』と一緒に購入しておりました。
人生や出来事を過度に物語化することで生じている弊害や息苦しさについて、一石を投じられています。
早速脱線してしまって大変恐縮なのですが、私自身、後輩の1on1などを担当した際、「自分に目標もやりたいこともないのに、後輩の話をどのツラ下げて聞けばいいんだ…」とずっと申し訳なく感じていました。目標は自分の心から「達成したい」と思う目的が生まれた時に、その道筋として立てるものにもかからず、無理な目標設定を行うことは、自ずと物語的な側面やゲーム的な側面が強くなってしまいます。それこそRPGの主人公のように思い込まなければならないほど、労働に没頭させるのは違和感しかありませんでした。
また、幾度となく転職を考えたりしたのですが、キャリアプランを考えるために、これまでの出来事を物語的に整理していくという手法がどうにもしっくり来ず、どうしたものかと悩んでいたので、この本はそんな私にとっては目が覚めるような内容でした。
知らず知らずのうちに、私も人生に意味や目的を持たせるため、物語のように仕立てなければならないと思い込んでいたのでしょう。
それを脱する方法として、遊び的な方法を提示するとともに、その方法にも気をつけなければならないところがあるとも書かれています。
個人的には、物語にしても各種の遊びにしても、最初は「情動」が揺れることを目的として誕生したのではないか、と考えています。私はあまり感情が大きく動くのが得意ではない(変に疲れてしまうんですよね…)ので、ドラマや舞台、小説などの物語に触れることは少ないのですが、普通に生活していると情動の揺れは本当に少なくなると感じます。
コロナの際、人が来なくなった水族館のお魚さんにうつ症状が見られた、という報告が世界各地であったと記憶していますが、外部からの刺激=情動の揺れというのは、想像している以上に我々生物にとって必要不可欠なものなのかもしれません。
そう考えると、難波先生がおっしゃられていた子供のおもちゃ的遊びは、情動の揺れよりも好奇心が優先されているのかもしれないと感じました。何もかもが新鮮で、「これとこれをこうしたらどうなるのだろう?」という(これもある種の情動の揺れなのでしょうけども)好奇心から手を動かす。そしてそこで得た結果から色々学んでいく。だから例えケンカになっても、情動よりも好奇心が勝っているのでちょっとすればまた何事もなかったように遊びだす……人間社会で生きていくために必要な経験ではありますが、確かに大人になると忘れがちですし、好奇心を変に崇め奉るのもよくないので、そこのバランスが難しいなと思います。昔から言われているように、何事も中庸、バランスが大事なのですね。
本の感想というより私の感じたこと・考えたことになってしまいましたが、難波先生の本は色々と考えるきっかけを与えてくださるので、他の著書もぜひ読んでみたいと思います!

