
本屋lighthouse
@books-lighthouse
2026年7月9日
プシコナウティカ
松嶋健
読んでる
バザーリアは言う。「精神疾患は存在している。けれどもそれが何なのかは誰も知らない。問題は精神病院の中にあると人は言うが、それはとりわけ外の問題なのだ。学校や仕事、家族が、人々のなかでより弱い者たちを周縁化する。ある者は刑務所に収容され、また別の者は精神病院に収容されるというわけである」[Pivetta 2012: 153]。(p.117)
病者を治すのではなく、社会を治すのである。それも、精神科医が精神病院で病者を治すのではなく、社会が自らを治すのである。精神医療にたずさわる者は、「精神医療とは何か」「精神医学とは何か」と問い、社会から委ねられた自分たちの役割を明らかにすることで、社会が自己の矛盾と向き合い、社会が自らを治そうとするための突破口たらんとするのである。(p.120)
資本主義はそのシステムを維持するために、常に外部(つまり栄養のようなものと考えればわかりやすいか?)を必要とする。その外部には人間も含まれ、外部となってしまった私たちはシステムに搾取され続け、そのシステムを意のままに動かしていると思っている者ですら、残念ながら外部として消費されていく。そうして疲弊した者は動けなくなる。仕事ができなくなる、もしくはミスをする、定められた目標を達成できなくなる。そして「無能な存在」として蹴落とされ、見捨てられ、つまり周縁化され、さらに疲弊をしていく。ゆえに治すべきは「病者≒周縁化された者≒無能認定された者」ではなく、この社会=システムそのものであり、さらには社会=システム自体が自らを治していくように、私たちは働きかけていく必要がある。








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精神疾患が存在しないなんて、私は言ったことはない。精神疾患という概念を私は批判するが、狂気(follia)を否定しはしない。狂気は人間的な状況だからである。問題は、この狂気にどのようにして向き合うかということである。この人間的な現象を前にして、われわれ精神科医はどんな態度をとり、そしてこの〔狂気の〕必要性にどう応えることができるだろうか。[Pivetta 2012: 10](p.142)