
あんどん書房
@andn
2026年7月9日

熟柿 (角川書店単行本)
佐藤正午
読み終わった
2008年、嫌われ者の大伯母の葬儀に参加した「わたし」(かおり)は、帰りの夜道で老婆をひき逃げしてしまう。
刑務所内で出産した我が子の将来を案じた夫からは離婚を申し入れられ、「わたし」は一人社会に放り出されるのだった……。
という冒頭からしてもうだいぶ辛い内容だったので、心を確かに持って読もうと思った。
自分の立場を承知しながらも、我が子会いたさに幼稚園や小学校へ向かってしまい警察沙汰を繰り返してしまう「わたし」。そんな彼女を導くのは不思議な縁で、千葉から山梨、岐阜、大阪、そして福岡へと仕事を転々としながら移り住んでゆく。
もちろんその人生は決して平坦なものではない。コロナ禍で旅館業が成り立たなくなってしまったり、隠していた前科が明るみに出て仕事を追われたり、挙句は同居人に大金を盗まれてしまったり…。この畳み掛けるような理不尽さは又吉さんの『生きとるわ』を読んだときのしんどさに近しいものがあった。
それでも最終的に辿り着いた福岡で、彼女の「機」はようやく熟し始める。仕事を斡旋してくれた女性から初めに提示された介護職を選ばずホテルの職に就いたものの、どこかでその選択に疑問を感じてもいる。
“でもわたしは一も二もなくホテルスタッフの職を選び、介護施設の職を一顧だにしなかった。それはとりもなおさず、将来の長期的な展望を捨て、過去に犯した罪、刑務所に入って償ったはずの罪をもうなかったものとして忘れたい一心の、臆病な選択に過ぎなかったのではないか。”(P215)
そんな葛藤を抱えているなか、つながってゆく不思議な縁。かおりは自身の過去と向き合い、これからの未来に向けて歩んでゆく決心をする。
“『熟した柿の実が自然に落ちるのを待つように、気長に時機が来るのを待つこと』の語意もあるらしいんだよね、熟柿には。だから、何事によらず僕は長期戦を覚悟で人生を生きているから”(P360)
というのは縁が繋いでくれた一人、土居さんの言葉で、この「人生は長期戦」というところに本作の強いメッセージが込められていると思った。
最後に明かされる元夫の告白。そして、ついに息子との対面。「わたし」の人生の再スタートが、ようやく、ここから始まってゆくのだという幕引きに希望があった。
犯してしまった罪、変えられない過去。そういったものを抱えながら、それでも待ち続けることで、何らかの機が熟したり、縁が繋がったりして、人は生きていくことができるのかもしれない。
加害者側の人生を描くという点で万人にお勧めできる作品ではないかもしれない。それでも、あまりに短期的な尺度で断罪されることが多い現代には、こういう物語も必要なのかもしれないと思う。人生は長期戦なのだから。
テーマ的にもかなり純文学寄りなのだけど、この作品が本屋大賞二位に入っているというのはすごく良いな。希望がある。
本文書体:リュウミンオールド
ブックデザイン:鈴木成一デザイン室
カバー写真:lingqi xie/Moment/getty images

