本屋lighthouse "プシコナウティカ" 2026年7月10日

プシコナウティカ
私たちは普通、「本を読む」という行為を一人でできると思っているが、それでさえ本当に一人では読めないのではないだろうか。ベアトリーチェは「刺激がない(non c'ho stimoli)」という言い方をしているが、この「刺激」は環境の中に直接ある刺激を指しているのではなく、誰か他の人と一緒にあるということから立ち上がってくる、生きるための根源的な動機づけのことであろう。それがなければ、本など読んで何になるのだろう。たとえそれがどれほど面白い本であったとしてもである。つまり、私たちは一人で本を読んでいても、本当はいつも誰かと読んでいるのである。読む行為がいっときの「ああ面白かった」で終わらず、他の人や未来につながっていくかどうかということ。読むことであれ、あるいは考えることであれ、それはたとえ一人の行為であっても、見えない多数の「われわれ」に通じている協同的な行為なのである。(p.246-247)
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ジェンティリーニ:ああ、でもスタッフはいないし、障害者もある意味ではいないんだ。いるのはメンバーであって、メンバー間の相互補完性が大切なんだよ。誰かができないことは、他の誰かが助けることができ、その人ができないことについては、また別の誰かが助けてあげられるという具合にね。ケアをする人と、ケアを受ける人という非対称的で一方向的な関係ではないんだ。だって自然はそういうふうにはできていないからね。(p.260) 有機農業は自分に合っていると思う。人と話さなくてもいいしね。それに農業というのは、人間が植物を育てるのかと思っていたけど、そうじゃなく、ブドウの樹自身や土の中の微生物が働いているんだよ。それまで僕は、人間とブドウの樹しか見えていなかった。他には誰もいないと思っていたんだ。でも本当はそこには、いろんな草やいろんな微生物の大群衆がいるんだよ。一人でやる孤独な仕事じゃないんだ。(p.262)
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