しんどうこころ "星の時" 2026年7月11日

星の時
星の時
クラリッセ・リスペクトル,
福嶋伸洋
ちょうど併読しているブランショのテクストに出てくる「レシ(récit)」について、深く考えさせられる作品であった。 本作は、物語の語り手(作家)、物語の主人公という複数の視点を持つ構図で進む。ゆえに書き手の心情やナラシオン(物語行為)そのもの、すなわち語り手が対象を描く手触りのようなものを感じることができる。 それはときに、読者がこの物語をどう読むのかをも問うてくる。物語の主人公には語り手を介してしか触れられないという隔たりもまた、味わい深い。 文体は極めて平易で軽やかながら、冒頭から、存在とは何か、書くという行為にはどのような意味があるのかといった形而上的な思索が綴られる。 主人公に起こる物語は極めて残酷であるにもかかわらず、どこか軽やかで、そこには美しさすら覚える。語り手は彼女を愛し、救いたかったのかもしれない。悲劇を愛おしく描く。が、主人公を忠実に描こうとするほど、救済は遠ざかっていく。その残酷さに語り手自身も苦悩し、読者もこれに巻き込まれていく。この「体験」は文学にしかなしえない技なのかもしれない。 言葉によって自我が芽生え、それに伴って無垢が失われていく。その姿には、ジッドの『田園交響楽』に似たものを感じた。 無知は不幸なのか。それとも幸福なのか。
星の時
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