紗世 "アニータの夫" 2026年7月11日

紗世
紗世
@uchidasayo
2026年7月11日
アニータの夫
アニータの夫
坂本泰紀
『アニータ』、『チリ人妻』記憶の片隅にはあるものの、事件のことはほとんど知らない。こんな事件だったんだ、と内幕を知ることができた。  アニータに巨額の横領金を送っていたのは千田という男。彼から記者へのアプローチによりこの本は始まる。彼は『アニータの夫』でしかなく、『千田』という1人の人物像はなかなか見えてこない。服役後にわざわざマスコミに自分の話を聞いてほしいと依頼するなんて、何の目的なのだろう?自己愛が強い。彼は語りたいなら、自ら筆をとれば良かったのにそうはしない。筆者である坂本のある種冷静な目により、本として読める物語になっている。反対にアニータは『アニータ』でしかなく、千田の妻でもなければ(戸籍上はそうだが)、貢がせた悪女でもない。自らの人生を突き進んでいて、気持ちの良い人だという印象。  千田は1997年青森でアニータと出会う。そこからみるみる騙され、結婚し、金を取られ続けられる。金の源泉は青森県のものであったことから世間では非難され、千田の家族は地域から白い目で見られているという。  千田の語る半生を読むと、なんだか違和感ばかりだ。基本的に他責である。好きだった将棋で賭け事をしたばかりに、その場にいられなくなるわけだが、それもどこだか他人事というか反省の色は見えないし、自らの行動の過ちに対する責任がない。アニータと結婚したのも、なんだか周りに流されるばかり。彼の意思が見えない。  よくある典型的なロマンス詐欺、恋愛感情を利用した商売。千田はー、青森の田舎者はー、金で人の心を手に入れることができると信じていた。こんだけお金を渡せば、もっと渡せば、この人は振り向いてくれる。そんな終わりのないゲーム。相手はアニータでなくとも、似た結末だろう。お金が欲しいという連絡しかないのに、そこに自らの価値を感じてしまった。アニータは別にものすごいやり手でもなければ巧妙な手口を使うわけでもない。千田は被害者であるかのように、こんなひどいことをされたと言うがー、そうなんだあ、としか言えない。こんなに貢いだのに振り向いてもらえない、イコール、自分にその価値がないと気付いても良いと思う。もしかしたら今も分かっていないのかもしれない。  この本の最も惜しい点はアニータ側の話が少ない点である。筆者は「妻ならば当然、出所した夫の近況は気になっている」と思い、取材を試みる。この筆者の思考がびっくり仰天。ここに至る230ページを読めばアニータがそんな女ではないと分かりきっていたはずではないか?彼女にとって千田という戸籍上の夫は金づるでしかない。千田がどこで何をしていようが何の関心もないだろう。当然アニータは取材依頼に興味を示さず2000〜3000ドルのギャラを要求してきたという。8億を貢がれた女の話を聞けるなら安いものだと私は思った。結局筆者は質問を「どうしても聞きたい3問」に絞り、その返答を得る。この質問は、それ聞く必要ある?というものだったし、アニータが怒るのも当然だろう。  例えば千田はアニータに返金を求めることはできないし、アニータに返金義務はない。日本の裁判所は千田に賠償を求めた。ここにあるべきなのはアニータへの弾劾だったのだろうか。筆者がその3つの質問をして、暗に彼女を責める目的が分からなかった。筆者が明らかにすべきだったのは、アニータの無反省さではなく、何故そこまでパワフルに生きられるのか、何故千田という哀れな男を騙し続けられたかの人間性なのではないだろうか。そこが惜しい。  居酒屋の魚民をうおたみと読めない千田が哀れ。千田と呼ぶな、周りにバレるからと言う千田がかわいそう。もう誰も千田のことなど知らない。もはや青森の人だって怒っていないんじゃないか?それくらい昔のことだ。彼がこれからを生きていくためには、周りのせいにせず、自らの意思で返金を少額でも続けることしかないのではないだろうか。2026年にもなって「アニータの夫」でしかないことをよく考えてほしい。アニータのように自分の意思で自らの人生を生きて欲しい。
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved