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2026年7月12日
夜明け前 第1部 上
島崎藤村
メモ P398
「景蔵、香蔵の親しい友人を二人までも京都の方に見送った彼は、じっとしてはいられなかった。熱する頭をしずめ、逸る心を抑えて、平田門人としての立場に思いを潜めねばならなかった。その時になると、同じ勤王に志すとは言っても、その中には二つの大きな潮流のあることが彼に見えて来た。水戸の志士藤田東湖らから流れて来たものと、本居平田諸大人に源を発するものと。この二つは元来同じものではない。名高い弘道館の碑文にもあるように、神州の道を敬い同時に儒者の教えをも崇めるのが水戸の傾向であって、国学者から見れば多分に漢意のまじったものである。その傾向を押し進め、国家無窮の恩に報いることを念とし、楠公父子ですら果たそうとして果たし得なかった武将の夢を実現しようとしているものが、今の攘夷を旗じるしにする討幕運動である。もとより攘夷は非常手段である。そんな非常手段に訴えても、真木和泉らの志士が起こした一派の運動は行くところまで行かずに置かないような勢いを示して来た。
この国ははたしてどうなるだろう。明日は。明後日は。そこまで考え続けて行くと、半蔵は本居大人がのこした教えを一層尊いものに思った。同時代に満足しなかったところから、過去に探求の目を向けた先人はもとより多い。その中でも、最も遠い古代に着眼した宣長のような国学者が、最も新しい道を発見して、その方向をあとから歩いて出て行くものにさし示してくれたことをありがたく思った。」
