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働いてても本を読みたい
- 2026年4月29日
判例タイムズ1528号判例タイムズ編集委員会ちょっと開いた - 2026年4月26日
- 2026年4月25日
ゲンロン18イ・テックァン,天沢時生,安藤礼二,東浩紀,池澤春菜,石田英敬ちょっと開いた松田樹さんの千年の愉楽評を読んだ。難しくてちょっとよくわからんかったけど、記憶喪失にあらがうって観点に興味を覚えた。あらがわんでいい気もするが。 - 2026年4月25日
- 2026年4月25日
- 2026年4月25日
- 2026年4月25日
- 2026年4月25日
ちょっと開いた東浩紀×大澤聡「批評=楽しさをもとめて。東浩紀の二十五年」を読んだ。おもしろかった。まさに大人の対応。 「親の立場に立つというのは、子どもの批判すべてを受け入れる必要はないということでもあります。排除すべき意見は排除していい。それが責任ということです。ただ、批判があったという事実は残るし、それは「親」の態度にも影響せざるをえない。その事実こそが重要なのであって、包摂を抽象的な原理として立ち上げて、批判まで包摂しなければならないという主張を展開すると、当然だけどなにもできなくなる。たとえば雑誌を編集していて、「包摂というなら、俺の原稿も載せろ」と詰めよられたとして、全部載せてたら雑誌は潰れますよね。だから何らかの選択は必要なのだけど、新しく出てきた意見を引き受けはする。」 - 2026年4月25日
ちょっと開いた伊丹万作「映画と癩の問題」を読んだ。「小島の春」の論評。 すげー角度からの批判だ…。今の時代だと絶対あり得ないが、当時はこれが普通だったんかな…。 「芸術家の好むと好まざるとにかかわらず、映画というものは、その持ちまえの表現形式があまりにも具体的でありすぎるため、癩者の現実を直接かつ率直に描写することは最初からまったく許されない運命にある。すなわち癩のあらわれとしての最もシリアスで、同時に最も本質的な面は当然これを忌避しなければならぬことになる。」 「癩のような、人生の大問題を扱った場合に、何よりもまず作者がその解決をどう考えているかということを我々が知りたく思うのは決して無理ではあるまい。もっとも答にもいろいろある。具体的の場合もあれば、抽象的の場合もあり、あるいは象徴的の場合もある。ずいぶんわかったようでわからぬ場合もあるが、作者がそれに関心を持ち、責任を感じ、答をさがす努力を惜しまなかったことさえわかれば、我々はそれで満足する。しかしその反対の場合には、我々は不満を通り越してその種の題材の選定を否定するところまでひっ返さなければ気がすまなくなる。」 - 2026年4月25日
小島の春小川正子映画を見た。無らい県運動の風景。 普通に良い映画っぽく見えてしまった。当時の日本の雰囲気もよく出てたし、子どもたちはいつの時代でもかわいい。 小川氏も映画を撮影した人たちも善意から患者を療養所に送ってるように見えて、でもそれが今の時代から人権侵害にみえるというのが複雑なところ。善意による悪。 - 2026年4月24日
砂の器 下松本清張小説を読み終わった流れで1974年の映画も見たけど、変な超音波の設定とかをなくしてコンパクトにまとめて、その分小説でほとんど具体的な描写がなかった本浦親子の放浪の旅を、かなりの時間をかけて描いてて、これがすごくよかった。病気になったがゆえの苦しい遍歴、親子離ればなれになってしまう宿命。音楽もよくて泣けた。そうそう、こーゆーのを描いてほしかったんや。 - 2026年4月24日
あんドリアン助川読み始めた - 2026年4月24日
- 2026年4月19日
- 2026年4月19日
ゲンロン18イ・テックァン,天沢時生,安藤礼二,東浩紀,池澤春菜,石田英敬ちょっと開いた池澤春菜さんのムーミン評を読んだ。 ただの要約やんって感じもしたが、ムーミンバレーパークを思い出してちょっと懐かしかった。物語の中では孤独なモランが、ムーミンバレーパークでは人気者だったな。
- 2026年4月19日
- 2026年4月18日
ヴィンランド・サガ(1)幸村誠漫画を最終巻まで読み終わったので、今度はアニメを1話から見始めた。 改めて最初から見ると、そのあとにつながるものがいっぱい出てくる。優しくて強い父上、レイフさんのヴィンランドへの冒険譚、ハーフダンの遵法意識、船乗りも戦士だというレイフの言葉、死の間際にヴィンランドの夢をみる奴隷…。 カラーの雪景色やオーロラもきれいで、音楽も乗ってて、アニメにはアニメのよさがある。 - 2026年4月18日
- 2026年4月18日
- 2026年4月18日
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