夜明け前 第1部 上
19件の記録
euy@euy2026年8月11日生麦事件発生現場&生麦事件碑を見にいってきた。 亡くなったイギリス人がちゃんと慰霊されててよかった。昔の日本、なかなかやばい国やな。 すぐそばにKIRINの工場があった。さすが生麦。


euy@euy2026年8月2日横浜開港資料館に行ってきた。 この写真は、作中の宮川寛斎(馬島靖庵)の横浜滞在の場面でも言及されてたたまくすの木。 夜明け前を読んだあとに行くと、めちゃくちゃおもしろかった。


euy@euy2026年7月12日メモ P398 「景蔵、香蔵の親しい友人を二人までも京都の方に見送った彼は、じっとしてはいられなかった。熱する頭をしずめ、逸る心を抑えて、平田門人としての立場に思いを潜めねばならなかった。その時になると、同じ勤王に志すとは言っても、その中には二つの大きな潮流のあることが彼に見えて来た。水戸の志士藤田東湖らから流れて来たものと、本居平田諸大人に源を発するものと。この二つは元来同じものではない。名高い弘道館の碑文にもあるように、神州の道を敬い同時に儒者の教えをも崇めるのが水戸の傾向であって、国学者から見れば多分に漢意のまじったものである。その傾向を押し進め、国家無窮の恩に報いることを念とし、楠公父子ですら果たそうとして果たし得なかった武将の夢を実現しようとしているものが、今の攘夷を旗じるしにする討幕運動である。もとより攘夷は非常手段である。そんな非常手段に訴えても、真木和泉らの志士が起こした一派の運動は行くところまで行かずに置かないような勢いを示して来た。 この国ははたしてどうなるだろう。明日は。明後日は。そこまで考え続けて行くと、半蔵は本居大人がのこした教えを一層尊いものに思った。同時代に満足しなかったところから、過去に探求の目を向けた先人はもとより多い。その中でも、最も遠い古代に着眼した宣長のような国学者が、最も新しい道を発見して、その方向をあとから歩いて出て行くものにさし示してくれたことをありがたく思った。」
euy@euy2026年7月10日読み終わったとりあえず第一部の上巻を読了! めちゃくちゃおもしろい。幕末の物騒な雰囲気や、その頃の人々の心の動きがよく伝わってくる。筋だけ追わせるようなエンタメ小説じゃなくて、過去の日本のありのままの様子や、一人の人間の思想の変遷を描き出そうとしてて、これまで読んだ歴史小説(あんまり多くないけど)の中ではかなり好きな部類かも。 主人公・半蔵もまじめで勉強家で好感が持てる。 しかし平田門下に弟子入りしてるって言っても、基本的には一人で篤胤の本を読んでるだけなのかー。 「先師と言えば、外国よりはいって来るものを異端邪説として蛇蝎のように憎みきらった人のように普通に思われているが、『静の岩屋』なぞをあけて見ると、近くは朝鮮、シナ、インド、遠くはオランダまで、外国の事物が日本に集まって来るのは、すなわち神の心であるというような、こんな広い見方がしてある。先師は異国の借り物をかなぐり捨てて本然の日本に帰れと教える人ではあっても、むやみにそれを排斥せよとは教えてない。」
euy@euy2026年7月9日読んでる「仲間のものが集まって、一興を催すことにしたのもその時だ。アトリ三十羽に、茶漬三杯食えば、褒美として別に三十羽貰える。もし又、その三十羽と茶漬三杯食えなかった時は、あべこべに六十羽差出なければならないという約束だ。」 「アトリは形もちいさく、骨も柔く、鶫(つぐみ)のような小鳥とは訳が違う。」 ええ…、嘉永2年ってこんなんなん…。
白玉庵@shfttg2026年5月16日気になる放送大学放送大学の「空間と政治」で取り上げられている。引用された部分だけでも、びっくりするほどすっきりした文章だし、表現がうまい。現代語にかなり近い感じがする。もっと漢文っぽいのかと勝手に誤解していた。 堀江敏幸も時々言及している。今なら読めそう。


















