
糖
@inwatermelon_
2026年7月12日
食卓にきた犬
クローディ・ウンジンガー,
永田千奈
読み終わった
宇宙のエネルギーは膨張し、拡散し、やがて死に向かう。
そんな宇宙の一生とは比べものにもならない、あったのかなかったのかも分からないような瞬間のうちに、わたしたちの命はやがて尽きていく。
塵のようなその瞬間を、せいいっぱいに引き伸ばし、慈しんでわたしたちは生きている。
か細い生命の糸同士が、気まぐれに交差し、より合うこともある。
ときには交わりそうで交わらず、互いを切ない気持ちで見送ったりもする。
いま、車道をはさんだ向こうの歩道に、散歩する犬がこちらを見て笑っている(ようにみえる)。
わたしよりもはるかに短い命が、同じ味の空気を吸って、同じ色の光を浴びている。
すれ違ったわたしたちは、再びそれぞれの速度でそれぞれの瞬間を消費し始める。
もう二度と出会わないかもしれないし、これから何度も会うのかもしれない。さながら気まぐれな大小の惑星のように。
軽い気持ちでジャケ借り・タイトル借りした本に、そんな思わぬ思考へとワープさせられるのは驚きこそあれうれしいこと。
「食卓にきた犬」は、世間と隔絶した森林でくらす老夫婦の秘密基地のような家へ、突然一匹の犬が転がり込んでくるところからはじまる。
夫婦の短い生い先は、犬の登場によって、少し景色を変えていく。
もちろん、何かが劇的に変わるわけではない。彼らの寿命が延びたり、環境破壊や戦争がなくなったりはしない。けれども、3つの命がより合わなければ、存在しなかった喜びや悲しみがたしかに生まれる。
あと少しで燃え尽きるという、最期のきらめきの物語。
“言葉を得ることで失ったものがある。言葉を交わすということは世界を直接所有することであり、私は世界を失ってしまうことを常に恐れている。私は、文字に書き記すことで、次々と現れては、刻々と消えていく「リアル」を再現しようとする。時に、つかまえたと思う。でも、つまり、そう、いや、別にどうでもいい。書くことで現実をつかむより、直接現実と対峙できればその方がずっといい。現実の命の方が尊い。”

