
時間のかかる読書人
@yoko45
2026年7月14日
読んでる
@ 自宅
他者は、自分とは決定的に違うし、他者を自分と安易に同一化することは間違っているという認識 これがオープンダイアローグの一貫したテーマです。それをポリフォニー(多声性)という言葉で表しています。
私たちはこれまで精神医療の場で、相手にある結論を飲み込ませなければならないと思い込み、ときには強引な説得をしたり、脅かして不安をあおったり(「今の1年は後の10年ですよ」等々)、ということをしてきました。
それは自分の考えに相手を「同一化」させようと説得、尋問、叱咤激励、アドバイスをしていたのであって、ダイアローグ(対話)ではありませんでした。そのほとんどは、ただのモノローグ(独り言)でした。一方的で相互性がないからです。
劇作家の平田オリザさんが、対話と会話の違いを指摘しています。会話というのは、「合意と同一化を目指す」もの。対話というのは、「自分と相手がいかに違っているのかを理解し受け容れる」ためのもの。違っているからこそ対話ができるというのはそういうことであろうと思われます。
客観的なこと、正しいことを尊重しすぎると、対話の契機は失われ、正しいことや客観性を目指すような「会話」に成り下がってしまいます。もし、「会話」に成り下がってしまったら、治療的な対話実践の立場は、もう失われてしまいます。治療者も、患者も、その家族も、それぞれの主観から発言しているという点では同列の立場です。その意味で対話はつねに、主観と主観の交換でしかありえません。
そういう意識で患者の話を聴いていくと、患者はしっかりと聴いてもらえたという感じ、ちゃんと尊重してもらえたという感じを受けるようです。この尊重感がとても重要です。
オープンダイアローグの効果が示しているのは、患者さんの尊厳をひたすら尊重することにこそ治療的な意味がある、ということなのですから。