まんが やってみたくなるオープンダイアローグ
33件の記録
時間のかかる読書人@yoko452026年7月14日読んでる@ 自宅他者は、自分とは決定的に違うし、他者を自分と安易に同一化することは間違っているという認識 これがオープンダイアローグの一貫したテーマです。それをポリフォニー(多声性)という言葉で表しています。 私たちはこれまで精神医療の場で、相手にある結論を飲み込ませなければならないと思い込み、ときには強引な説得をしたり、脅かして不安をあおったり(「今の1年は後の10年ですよ」等々)、ということをしてきました。 それは自分の考えに相手を「同一化」させようと説得、尋問、叱咤激励、アドバイスをしていたのであって、ダイアローグ(対話)ではありませんでした。そのほとんどは、ただのモノローグ(独り言)でした。一方的で相互性がないからです。 劇作家の平田オリザさんが、対話と会話の違いを指摘しています。会話というのは、「合意と同一化を目指す」もの。対話というのは、「自分と相手がいかに違っているのかを理解し受け容れる」ためのもの。違っているからこそ対話ができるというのはそういうことであろうと思われます。 客観的なこと、正しいことを尊重しすぎると、対話の契機は失われ、正しいことや客観性を目指すような「会話」に成り下がってしまいます。もし、「会話」に成り下がってしまったら、治療的な対話実践の立場は、もう失われてしまいます。治療者も、患者も、その家族も、それぞれの主観から発言しているという点では同列の立場です。その意味で対話はつねに、主観と主観の交換でしかありえません。 そういう意識で患者の話を聴いていくと、患者はしっかりと聴いてもらえたという感じ、ちゃんと尊重してもらえたという感じを受けるようです。この尊重感がとても重要です。 オープンダイアローグの効果が示しているのは、患者さんの尊厳をひたすら尊重することにこそ治療的な意味がある、ということなのですから。
時間のかかる読書人@yoko452026年7月14日読み始めた借りてきた@ カフェ変えようとしていないからこそ変化が起こるし この逆説こそが、オープンダイアローグの第一の柱です。 オープンダイアローグでは、治療や解決を目指しません。 対話の目的は、対話それ自体。対話を継続することが目的です。 そうすると、一種の副産物、"オマケ"として、手に変化(Jr改善、治癒)が起こってしまう。
時間のかかる読書人@yoko452026年7月14日読んでる@ カフェ対話を長く続けるために大事な心得は、「大事な話ばかりしないこと」 続けるためには、ときに空想をまじえたり、本当かどうかとわからないことを話題にしてもいい。
時間のかかる読書人@yoko452026年7月14日読んでる@ カフェでも、改善が起こるときって、こちらの予測を超えた形で、飛び石的に改善していくのが普通ですよね。階段を小刻みに上がっていくような感じではなくて、あるとき一足飛びに変化が起こったりとか、しばらく停滞したりとか、そういう不連続な変化で変わっていくことが多いし、その方向性もまったく予測がつかない。ここにネットワークメンバーの参加や対応の変化が影響しますから、ますます予測不能になります。 そういう意味で予測は役に立たないうえに、無意識に患者の方向性を、予測の型にはめようとしてしまう可能性もあります。予測通りに進まないと抑圧的にふるまったり、陰性感情がわいてきたりとか。 それと、予測を立てて動く人は、予測を裏切られることが多い。するとだんだん悲観主義になっていくんです。予測を立てないでいると1予測を立てなくてもうまくいくことが多いものですから楽観主義になります。治療においては、圧倒的に楽観主義のほうが有利です。悲観主義はなんの役にも立ちません。
マロ@hiromaro04222026年7月9日読み終わった精神科医でなくとも、誰でもできそうな気がした。 オープンダイアローグという名前がついているが、昔の村社会では似たようなことをやっていたのかも。 入門書にはピッタリでした。 もう少し詳しく知りたくなったので、一歩踏み込んだ本をこれから読みます。- yakasak@yakasak2026年2月25日読んでるP.74 “対話を長く続けるためには大事な心得は、「大事な話ばかりしないこと」です” 長い話 個人ではなくチームによって、密室性を回避する 患者に治療者を観察してもらう “患者のいないところで患者の話をしてはいけない”
読書会@coffee caraway@caraway2025年3月14日まだ読んでる『「自分自身を知る」とは「自分はこういう人間だった、わかった!」という理解ではありません。 自分自身もまた 「汲み尽くすことのできない他者」として理解することです。 対話実践とはその意味で、自分自身との対話でもあるのです。』 自分も他者として見ることが自分を理解することに繋がるという視点。 その眼差しを持てるか、持っているかを探っているこの頃です。





サラエ@hacofug1900年1月1日読み終わった「たぶん転移はそれほど重要ではない、ということ。 そういう感情をいっさい利用しなくても治療はできるということです。 転移による依存関係を恐れる治療者は、過度に中立性にこだわったり、ポーカーフェイスになったりと、すごく事務的な対応になってしまいがちです。 患者との距離が近くなりすぎないように注意することは大切ですが、そればかり考えすぎると、今度は非常に冷たい治療になってしまう。」



















