
たかせ
@takasen
2026年7月15日
悲しい話は今はおしまい
小沼理
まだ読んでる
「目に見えて何かが変わらないことは、何もできなかったこととは違う。だけど社会問題のように巨大で、成果が出にくい課題と真剣に向き合っているとき、この二つの違いがわからなくなることがある。どんどん余裕がなくなって、何も変わらないのは自分の努力が足りないからだと思うようになっていく。」(p.47-48)
「社会をどうにかしたくて頑張っているとどんどんストイックになっていくけれど、個人の行動に対してストイックになりすぎることは、構造的な問題の自己責任化につながりやすい。常に厳しい目線を自分や他人に向けて消耗してしまうとしたら、それはより根本的な問題である社会構造やシステムをかえって延命させることになる。」(p.52)
「ゼロか百かで考えない。自分の小ささと不完全さを引き受けて、他人のそれも受け入れながらやっていく。そうやって、一人が多くを頑張るのではなく、大勢がちょっとずつ頑張れる方法を探す。その上で、できる限りのことをするのだ。」(p.53)
この変化のきっかけがTLを犬で埋め尽くす経験だったのがじわり面白いが、気持ちはわかる。TLで犬を眺めるのすら許せないようなストイックさ。それを破ったことによる気づき。完璧にやろうとするのは難しすぎる。少しずつ抜くところは抜いて、他の人に心を向けて。誰もそんな強くはないのだと、受け入れて、その上でやれることをやるしかないのだ。

