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@DN_HP
2026年7月15日

ミニチュアの妻
マヌエル・ゴンザレス,
藤井光
「俺は心の中で考える。これで良かったんだ。何もかも。
そして、ロジャーや警備員やその他の人類のことを考えればもっと嫌な気分になるべきなのかもしれないが、俺たちにはこうした瞬間が必要なのかもしれないと考えてしまう自分がいる。静寂の瞬間ではなく、俺たちの人生が暴力的な悲劇、怪物、ゾンビどものせいでひっくり返される瞬間だ。それなくして、どうやって俺たちは夢見た男たちや女たちに出会えるのか?どうやって過去の過ちを償えるのか?どうやって自分の真の姿——勇気や思いやり、強さ、知性——を見せられるのか?
そうだ、どうやって?」
——「ショッピングモールからの脱出」
「人間にとってフィクションとは何なのか」と言われれば、普段は見せることの出来ない「真の姿」を描くものだ、とも言えるかもしれない。そして人間はその物語、そこで描かれる「真の姿」に影響を受け夢見ながら、今はまだ「真の姿」を見せることはできないけれど、人生が「ひっくり返される瞬間」がおどずれたならば……とその訪れるかもわからない瞬間を待ち望みながら生きているわけだ、といえなくもない。
逆にというか同時に、ゾンビに襲われてショッピングモールに閉じ込められる、ところまでいかなくとも、人生が「ひっくり返される瞬間」に遭遇したとき、今までに語られてきた物語、そこでの理想の「夢見た」人間の「真の姿」をロールモデルにして演じようとする、してしまう。みたいな気持ちもわかる。








