
ふるえ
@furu_furu
2026年7月15日
本とは何か
難波優輝
読んでる
ピーター・キヴィの言葉を引きながら、かつての読書の方法を紹介されているところを面白く読む。
黙って読むということが当たり前という感覚もここ何百年とかそのあたりで培われた感覚なのだろうか。子どものころは絵本とかを声に出して呼んでいた気もする。今では、僕にとって読むという行為は、頭の中で目の前にある文字を追い、頭の中で声に出すというか、理解していくことで読んでいる実感を得ている。でも、最近はオーディオブルとかもあって、聞くことで本を読んでいたりもする。本を読むという行為は社会の要請や変化によって当たり前のように選択肢が増えていっていて、でも、本を読みたいという思いに応えるように変化していっている部分もあり、それはその環境を整えてくれた人のおかげでもあるよなとか考えながら読んでいた。
"キヴィによれば、かつて、紙などに記された文学作品はもっぱら声に出して経験されたという。例えば、古代ギリシアのホメロスの叙事詩というものは、吟踊詩人の声と身振りを通じて息を吹き込まれていた。実際、羊皮紙もしくはパピルスの巻物に書かれた詩は単語ごとに分かち書きされておらず、声に出して読むことで自然に読めるようにはなっていたが、黙読を初めから想定されていなかったらしい。"
難波優輝『本とは何か』(新潮新書)p.23




