本とは何か
175件の記録
あるる@aru_booklog2026年7月26日読み終わった夏休みになるとお子さんを持った方から子どもが本を読まなくて...という相談をここ数年必ず受ける。多分私が昼休憩中に本を読んでいるからだと思う。本書でいう読書パフォーマンスを私は職場でも行っていることになる。その質問を受けるたびに、そりゃ本より楽しい娯楽や友達がいればそっちに惹かれるだろうよ...と思うので、なぜそこまで子供の読書を気にかけるんだろうかと疑問に思う。 読書アカウントをお持ちの皆様、しっかり言及されています。でも多分悪い気はしないと思う。 雑誌と楽譜について、本と分類できるか論じた章が一番面白かったな。特に雑誌は読み尽くせないところ、そういえばそうだわと車内で納得しました。









azu@dddd_0092026年7月25日買った読み終わった第9章がよかった。(書店について) また、ハウツー本の難波さんの捉え方が自分にとって新鮮で、ハウツー本苦手意識があるけど、次読むときは難波さんの捉え方を踏まえて読んでみようと思った。 “もしあなたがハウツー本をよく読むのだとしたら、あなたはさらに、まったく関心のないハウツー本も読むべきである。そうすることで、あなたは、自分が持っていない欲望を多くの人々が持っていることに気づき、その欲望の意味をじっくりと考え始められるからだ。(本とは何か/難波優輝)”
- ren@ren_grayscale2026年7月25日様々なジャンルの本について、それぞれの読書をパフォーマンスという視点で論じられていた。 どんな本も本としての役割があり、読み手のパフォーマンスによって読書の可能性が深くも高くも広がると学んだ。 •「わからないこと」も読書であること •ハウツー本は変身ベルトであること •マンガはアトラクション性とナビゲーション性の強い本であること •本棚や積読も読書パフォーマンスの対象になること などは特に共感しながら読めたし、そういう本を読むことも肯定されていて嬉しく思えた。


みみちぱんくす@ecrivain_22026年7月20日読み終わったはじめに『ごぶごぶ ごぼごぼ』の話が出てきて嬉しかった。読み聞かせが難しい絵本。 本を読んでいる人へ何らかの期待度が上がってしまい、そうでなかったときに謎に落ち込むということがあったが、よく読書している人間だからといってそれがなんだということを忘れていた。
リチ@richi2026年7月20日読み終わった読書をパフォーマンスとして、物語、人文書、ハウツー本、雑誌、漫画、楽譜&レシピとそれぞれがどののような読書なのかを細かく分析していて、面白かった。それにとどまらず、本をsnsで紹介すること、積読、書店巡りまで広げていて、本の懐の深さをしみじみと感じた。この本にも書かれていたが、電子書籍の分析も読んでみたい。 雑誌の回遊性と時間の共有性、雑誌とは居場所、というのはちょっと目から鱗だった。たまに雑誌を買っても目当ての特集しか読まないことが多いので。もっとちゃんと目を通そうと思った。 漫画は本なのか?というのも興味深かった。本だとは思うのだが、批評のハードルが高いというのは考えたことのない視点だった。 レシピ本は単なる情報ではなく、豊かな可能性としての読書というのも納得。生活のオルタナティブな可能性。
ふるえ@furu_furu2026年7月18日読んでる1つの作品を読み進める描写がとてもよかった。 読んでいる時には、どういう環境で、どんなことを考えながら読んでいるのかというのももちろんセットで、他者はどうやってその読書時間を過ごしているのかを見たいことも、自分が日記を好きな理由かもしれないと読みながら思った。 "この作品を、私はゆっくりと読んだ。お風呂で本が濡れないように気をつけながら、瀬戸内海沿いの電車に揺られ、とてつもなく明るい夏の海と空を眺めながら、行きつけの街の喫茶店で流れてくるレコードジャズを聴きながら読んだ。私は、窓からみえる行き交う人々や、カップを片手に喋りまくる生き生きとした笑顔をみながら、人類が終わるということがどういうことでありうるのかを考えていた。" 難波優輝『本とは何か』(新潮新書)p.46
ふるえ@furu_furu2026年7月15日読んでるピーター・キヴィの言葉を引きながら、かつての読書の方法を紹介されているところを面白く読む。 黙って読むということが当たり前という感覚もここ何百年とかそのあたりで培われた感覚なのだろうか。子どものころは絵本とかを声に出して呼んでいた気もする。今では、僕にとって読むという行為は、頭の中で目の前にある文字を追い、頭の中で声に出すというか、理解していくことで読んでいる実感を得ている。でも、最近はオーディオブルとかもあって、聞くことで本を読んでいたりもする。本を読むという行為は社会の要請や変化によって当たり前のように選択肢が増えていっていて、でも、本を読みたいという思いに応えるように変化していっている部分もあり、それはその環境を整えてくれた人のおかげでもあるよなとか考えながら読んでいた。 "キヴィによれば、かつて、紙などに記された文学作品はもっぱら声に出して経験されたという。例えば、古代ギリシアのホメロスの叙事詩というものは、吟踊詩人の声と身振りを通じて息を吹き込まれていた。実際、羊皮紙もしくはパピルスの巻物に書かれた詩は単語ごとに分かち書きされておらず、声に出して読むことで自然に読めるようにはなっていたが、黙読を初めから想定されていなかったらしい。" 難波優輝『本とは何か』(新潮新書)p.23




乖離@karu2026年7月11日読み終わった@ 紀伊國屋書店 新宿本店「読書ってそんなにえらいのだろうか。」 カバー帯に書かれた問い。 著者が前作の刊行時に書店回りをしている際に書店員から出てきた言葉らしい。私もいつもこの問いを抱えながら本にかかわる仕事をしている。 盲目的に本は良いものとはとても言えない。 ではなぜ本は売れないのか。ではなぜときに読書家は高圧的なのか。 本の特権性をひけらかす言説は少し怖いとすら思う。 本書ではまず読書を「パフォーマンス」として捉える。鑑賞者がいる音読も、自分ひとりで完結する黙読も、あらゆる読書をパフォーマンスとして考えてみる。 「読書パフォーマンス」と定義づけることの何が嬉しいか? それは、読書という行為を、演奏や踊りといった他のパフォーマンスと同様に、一歩引いた第三者的な視点から評価出来るようになること。 p.29 読書パフォーマンスのうまいへたは何で決まるのか。それは、そのパフォーマンスに寄せられる期待を基準にしないことには定まらない。では、基準となる期待とは何か。 実は、期待は一つではない。いろいろな期待がある。 (中略) 読書パフォーマンスは根本的には自由だ。どんな基準に基づいてもいい。けれど、一つの基準を選んだら、その基準に基づいてよしあしは決められそうだ。 「読書パフォーマンス」という定義づけによって、さまざまな芸術の鑑賞について論じてきた美学の知の蓄積を読書に適用することが出来ると言い換えても良い。 著者は美学者で、美学の方法を社会に開こうとしている人だと思う。私も不真面目な学生時代にちょっぴり美学を学んでいたので、こういう応用が出来る人に憧れる。批評系のZINEとかまた作りたくなってきた(脱線) そんなわけで著者はパフォーマンスを手がかりに、小説、人文書、ハウツー本、雑誌、マンガ、楽譜、レシピ本、SNSでの本紹介、コーヒーテーブルブック、積読、書店めぐり……とさまざまなジャンルの本と読書について論じていく。 読書を第三者的に論じるといっても、否応なく著者自身の価値観や読書体験に紐づく論考なので、さらに私自身の読書体験とも照らして読んでいく。 小説、人文書、ハウツー本については概ね分かる〜って感じ。 コーヒーテーブルブック、楽譜については、そういう考え方読み方するんだおもろって感じ。 雑誌、SNSでの本紹介、については分かるような分からないようなって感じ。 書店めぐりについては若干楽観的過ぎる気もしつつそうであって欲しいって感じ。 他のジャンルの読書について、私自身の読書について、読みながら自分でも論じてみたくなる面白い本だった。 もっと他の人と「どうやって本読んでるの〜?」ってカジュアルに話をしてみたほうが良いのかも。読書はひとりで完結出来る行為だけど、パフォーマンスとして他者に開示してもいいはずだし。 ちなみに、紀伊國屋書店新宿本店で刊行記念の著者イベントに参加してゲットしたので難波さんにサインしてもらった。学生時代から論文を読んでた人が目の前にいてやや緊張してあんまり話せなかった。 たくさん本読みます!






sataka@satakan_4432026年7月6日読み終わったエッセイ的な本で期待したような内容ではなかった。このタイトルならせめて電子書籍のことくらいは触れてほしかった気持ち。読書=パフォーマンス論は興味深かった。- 森@mori162026年7月2日気になる@ magmabooks本屋でぱらぱらと見た。本を読む体験を旅に例えているのがしっくり来た。旅の楽しみ方がいろいろなように読書のあり方もいろいろ。 読書のパフォーマンスの捉え方、楽譜とレシピの読書体験の話もなんかよかった。 落ち着いて読みたいかも


じょるじゅ。@kameupaupa2026年7月2日読み終わった@ 自宅先日、朝日新聞夕刊に掲載されていた難波さんのインタビュー記事を拝読し、気になって購入いたしました。 実は私も本を読むのは好きなのですが、半分は習慣、半分は中毒で読んでいるような感じなので、普段本を読まない方々から少し稀有な目で見られることに「別にそんなすごいことじゃないんだけどなぁ」とモゾモゾしていました。 本書は「本を読むことの良し悪しというものの手前で、そもそもどんなふうに私たちが本を読んでいるのかを、読書パフォーマンスの観点から考えて」います。 この、「読書はパフォーマンスである」という視点は大変面白いなぁ、と感じました。というのも、以前母とどんな風に本を読んでいるか(読んでいる時の脳内はどんな風になっているか)、という話になった時にお互い全然違っていて「え、どういうこと?」となったことがあったからです。きっとあれが、読書パフォーマンスの違いだったのだと思います。 また、第二章で言われていた物語と共感の相関性について、深く頷きながら読み進めさせていただきました。 私はあまり小説を読まないので、小説をよく読む人からは「何で?自分が体験できないことを体験できるし、共感力も上がると思うよ?」と言われることが多かったのですが(これを言われている時点で、私は共感力が乏しいということの裏返しなのでしょうけども…)、個人的にはあまりピンと来ていなかったからです。 確かに読んでいる間や、読んだ直後はその本のことや、そこから派生した物語に想いを馳せることは多いと思いますが、やはり人間、どこかで現実と物語をちゃんと割り切っている気がするのです。例えば、AIを話し相手、あるいはパートナーとしている人も、AIを「実在する存在だ」と盲信しているわけではなく、「AIだけども…」とわかってやり取りしているというか。 それに、物語の登場人物って外見や行動などは実在の人物に似ているということはあれど、性格や考え方などの内面が実在の人物に似てるってあまりないような気がします。だからこそ物語の中で魅力を発揮するのかもしれませんが…… 読書や本に関わる行為をパフォーマンスとするならば、私たちはいつでもエンターテイナーなわけで、それって少し…いや、かなりワクワクしますよね。これからも本を通じてのパフォーマンスを楽しみたいと思います!
あずき(小豆書房)@azukishobo2026年6月29日本を楽譜になぞらえて、読書とは "パフォーマンス" なのだという。ここで言う "パフォーマンス" とは、音楽を演奏するようなこと。リズムがあり、フレーズがあり、音程や抑揚がある。黙読であっても。 思い当たる節があった。つい先日、少々読みづらい訳書を一緒に読み進めている仲間との会話の中で、「譜読みしづらい曲みたいだよねぇ」とこぼしていたところだったのだ。読んでいるうちに作品の特徴が分かってきたり、自分なりの読みこなし方がつかめてきたりする。 こう考えると、読書とはきわめて能動的なものであり、人によってまったく違う体験なのだと理解できる。そして、自分の演奏を客観的に聴くのが難しいように、自分の読書パフォーマンスを客観的に分析することも難しい。自分の隠れた読み癖を見抜くのも難しい。 同じ本を、時間をあけて読むと印象がガラッと変わることがある。その時にはじめて過去の自分の読み方を客観的に捉えることができたりもする。読書はじつは再現性がないものなのだ、と気付く。 一気に読み終える本もあるけれど、たいていの本は、少し読んでは日常に戻り、また少し読む。その合間の生活は、読書の延長なのだという。読んでいるときの生活と、読んでいないときの生活とは、やっぱりちょっと違う。 席で集中して読書されていた方が、お会計のときにその読書についてポツポツとお話してくださることがある。体験を分けてくださるようなありがたい気持ちで耳を傾けながら、あぁいい時間だったんだなーと嬉しくなる。








も@ym2026年6月28日読み終わった読みやすかった。 "自己啓発本は文章でできた変身ベルト" はしっくりくる表現だった。 転職活動が上手くいかず迷走していたとき、 自己啓発本(エッセンシャル思考など)を読むと なんだか自分もデキる人間に変われた気がしていた。 実際に大きな変化はなく、今では本の内容もあまり思い出せないほどだが… かなり急いで読んだので、今度はじっくり噛み砕きながら読みたい。
- さしみん@sashimin2026年6月28日気になる少し中を立ち読みしたけど、パフォーマンスって言葉自体がかみ砕けなくて困ってる…いや、会話内で出てくる場合は問題なく相手と会話出来るけど、この本の言う「パフォーマンス」がどういうニュアンスなのかわからなくて。 パフォーマンスを検索すればいいかしら? 定義してくれると大変ありがたいんだけどな…。 一旦ググって見たけど、weblio英和和英辞書によると、上演、演奏、演技、パフォーマンス、出来映え、成績、実績、性能…うーん、立ち読みした範囲内だと、演技と捉えるといいのかな…。 改めて立ち読みしてみたら、ちゃんと書いてあった… 音楽演奏のような意味でのパフォーマンスだそうです。ニュアンス、近かったヽ(*'ω')ノ

積読山脈@book_mountain2026年6月26日買った読書は無条件で良いものだと思っている節が自分にあり、その反対意見を欲しがったので。 自分の言葉で読書の良さや欠点などを語れるようになりたい。


阿部義彦@xtc1961ymo2026年6月25日読み終わった最近何気に気になっていた、難波優輝さんの書き下ろしの読書論です。特別カバーの装画が佐々木マキさんなのもポイント高いです。さて、本とは楽譜のようなもので読書とはそれを読むパフォーマンスであると言うのが主張の軸です。初めて聞く斬新な考えに耳を傾けましょう!『読書とは、音楽や映画のように、まとめてギュッと鑑賞するのではない。途切れ途切れに中断する読書パフォーマンスをしており、むしろ、読んでいないときの方が重要なのだ。』これですよ!話の途中までを頭に入れて行動してる時頭の中で何が起こってるのか?この事を松岡正剛さんは、本が生活に交じると言う言葉で表現しました。また、人文書を読むと言うことは、分からなさを体験しているとも、それこそが肝要な事だと言います。これは人文書好きな自分には達見でした。パズルみたいなものかと。また漫画とは、本の過剰形態である。回遊的読書が雑誌的な読書パフォーマンスである。余りに斬新な論旨についつい引き込まれるでしょう。しまいにはハウツー本は、仮面ライダーの変身ベルトであるとまで!?とにかく面白かったです。この方の他の本も読みたくなりました。









阿部義彦@xtc1961ymo2026年6月24日読み始めた名もない出版社から出た「なぜ人は締め切りを~」や晶文社からの「批判的日常美学~」などで凄く気になってた、哲学的美学者の著書で割と分かりやすそうなので入門に。斬新です。








小野 妹子歩@imokov2026年6月23日買ったまだ読んでるいわゆる読書術の本ではなく、読書哲学の本。読書をパフォーマンス行為として捉える視点、問いのたて方が軽やか。本を閉じて、静かに反芻する時間も読書。



ON READING@onreading2026年6月18日読み終わった前作『批判的日常美学について』が当店でもよく手に取られた、難波優輝さんの最新作です! 本を読むとはどういうことなのか。読んでいるとき、私たちは何を体験しているのか。 著者は「読書とは〈パフォーマンス〉である」という。 その都度立ち上がる、一回限りの体験である、ということ。これはめちゃくちゃ面白い。 たしかに、強烈に印象に残った一文を探そうと本の中を探しても、どこにも書いていなかったり、読書会で他の人の感想を聞いて、「そんな場面、自分は全然覚えていない」と驚いたり。身に覚えがありまくりです。 本書では、この〈パフォーマンス〉という考え方を手がかりに、小説や人文書、マンガ、ハウツー本、さらには楽譜やレシピまで、さまざまな読書について考えていく。たとえば、レシピや楽譜のように能動的に想像力を働かせる読書もあれば、本そのものが私たちを誘導したり、励ましたり、ある行為を促すような読書もある。 特に、マンガや楽譜のように、「本」について語るときには見落とされがちなジャンルにも多くのページが割かれており、そうした本について考えることで、私たちはあらためて「そもそも、本とは何か」という問いに立ち返ることができる。 読書が〈パフォーマンス〉であるからこそ、私たちは、何度でも飽きることなく本を読むことができるし、自分の体験は自分自身のものでしかないから、読書会などで感想をシェアする面白さもある。 ON READINGという名を冠している私たちにとっては、シンパシーを感じる部分も多い。 本はいいよねとか読書してえらいねとか、その前にそもそも、本ってなんなんだ、本を読むってなんなんだという話がしたい。 この本が「本とは何か」という大きな問いの確たるひとつの答えを示すものではなく、この本をきっかけに、一度きりで再現できない、ごく個人的な時間について、もっといろんな話ができたらいいなと思う。








月書房@sunnytree03832026年5月31日読み終わったあったかい本だった。本をたくさん読む人も、たまに読む人も、どんなジャンルを読む人にもおすすめできる。何を読む人もどんなスタイルでも否定せずに向き合ってくれる難波さんの姿勢が好きでした。






























































































































