ハヤシKYヘイ "ソリティアおじさんがいた頃" 2026年7月15日

ソリティアおじさんがいた頃
地の文がちょっとやりすぎなくらいの京都弁の語りで、それが心地よく、世界観がくっきり浮かび上がる感じがしてよかった。学生の頃に京都に住んでいたが、ちょっと上の世代、特に何かしらの商売をされている人はたしかにこういう「〜しはる」多め系のしゃべり方やったな〜、みたいな。 本の物語と関係ないけど、個人的に京都時代のバイト先の同僚Iさんのことを思い出した。実家が観光地のお土産物屋さんだとかで、しっかり者のリーダー的存在だった。オペレーションはもちろん、人と働くとは何かを教えてもらった気でいる。先輩だったけど同い年だったから、打ち解けたのちは、地方から来ていた私が調子に乗って「えろおすんまへん」みたいなエセ関西弁の軽口を叩くと「ごめんしとくれやっしゃ」と濃いめの京言葉を返してくれる、そういうやりとりが定番だった。 助け合い、やれる準備は率先して済ませておき、お客様には丁寧に、でも物怖じせず。そしてサービス精神というかユーモアが、前提にある感じ。京都の商売人すべての人格を決めつけるわけではないが、何か彼女が美徳としている「働く理想像」みたいなものを、こっそり学ばさせてもらったような記憶がある。 『ソリティアおじさん〜』を読んで、あの京都の人の言葉の感じを思い出し、無責任な学生バイトの身分だったから楽しめたところもあるだろうな、京都で会社員したり人生を定めるとなったらまた違う感じ方したかもな、とかぼんやり思った。まあ京都は最高なんですが。 バイト先はただのカフェチェーンで、その後私は飲食とまったく違う業界で会社員になって10年以上経つけど、どこか労働姿勢の基礎は、あのバイト時代から変わっていない気がする。
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