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ハヤシKYヘイ
ハヤシKYヘイ
ハヤシKYヘイ
@heiheikyo1
きょうへい、と読みます。小説、ミュージカル、おいしいものが好きです。NYブロードウェイ観劇ひとり旅を決行、日記本にまとめたのが2024年ハイライト!/『姉参り・イン・ニューヨーク』
  • 2026年10月25日
    獣走
    獣走
  • 2026年10月12日
    すべて真夜中の恋人たち
  • 2026年10月11日
    孤独はかけがえないディスコ
    かけがえない文章ばかりで一気読み。 先輩の話とMの話とお父さんの話が特によかった。 「今度ご飯行きましょう」みたいな言葉って、たとえそのあと実現されなかったとしても、その時は本当にそう思って声をかけたという事実に意味がある、という旨のことが書かれてあり、本当にそうだと思った。
  • 2026年9月29日
    身体を記す
    身体を記す
    直近で『息』を読んでいたのと、姉と弟の関係性に自分を重ねてしまうのとで、小池水音さんの作品にぐーっと引き込まれた。よかった。
  • 2026年9月22日
    息
    息
    よかった。
  • 2026年9月22日
    会社ではおならをしてはいけません
  • 2026年9月22日
    30歳からの韓国留学記
    面白かった。著者の留学するバイタリティーがまぶしい。韓国に行きたくなる。戦争や歴史について、もっと学ぶ必要がある。日本の加害の歴史について、無知すぎる。。。現地の博物館の情報など、Googleマップに色々とピンを立てた。
  • 2026年9月6日
    いい子のあくび
  • 2026年9月6日
    ながい窖
    ながい窖
  • 2026年8月16日
    ふつうの人が小説家として生活していくには
    一時期、小説の新人賞に応募する作品を書いていたこともあったので、作家さんの創作に関する話はそれだけでわくわくする。 今はもう小説を書くバイタリティーがないけれど、働いたりコンテンツを体感したりしながら人生を暮らしいくにあたって、津村さんの語りはひとつの道しるべになるな〜と思った。 関西弁のユーモアの感じとかもいい。
  • 2026年8月16日
    いつか終わる恋愛の、人生への影響について
  • 2026年8月2日
    リリアン
    リリアン
    関西人の言葉が優しいのか、岸先生の書く関西弁が優しいのか、わからないけど、とにかく心地いいリズムの会話がくせになる。 あえて場末と書かれる、大阪市の端っこのほうの飲み屋さんあたりを夜、ふらふらと歩く男。ジャズクラブでの演奏や、昼間の音楽教室の講師の仕事など、いくつかを掛け持ちして「食えてはいる」状態ではある。それでも果たしてこのままでいいのか、とか、才能の限界について考える。ジャズの生演奏をやれるお店も、飲みに行くなじみのスナックなんかも、近頃の大阪ではどんどん減っていく。 すぐに眠るでもない夜、あてどなく歩く大阪の街が、おおきな海に重ねて描写されるのが印象的だった。シュノーケルでひとり、海で泳ぐ時に感じる自由さと、孤独さ。街の中で感じる自由さと、孤独さ。シンプルな描写で、街の猥雑さを捉え、気づけばずっと薄く小気味いい音楽が流れているみたいに豊かだと感じる。描かれる街の夜の様子が、思いがけず心に残った。
  • 2026年8月2日
    ミス・サンシャイン
  • 2026年7月31日
    「夫婦」不在社会
  • 2026年7月31日
    眠れぬおまえに遠くの夜を
  • 2026年7月15日
    ソリティアおじさんがいた頃
    地の文がちょっとやりすぎなくらいの京都弁の語りで、それが心地よく、世界観がくっきり浮かび上がる感じがしてよかった。学生の頃に京都に住んでいたが、ちょっと上の世代、特に何かしらの商売をされている人はたしかにこういう「〜しはる」多め系のしゃべり方やったな〜、みたいな。 本の物語と関係ないけど、個人的に京都時代のバイト先の同僚Iさんのことを思い出した。実家が観光地のお土産物屋さんだとかで、しっかり者のリーダー的存在だった。オペレーションはもちろん、人と働くとは何かを教えてもらった気でいる。先輩だったけど同い年だったから、打ち解けたのちは、地方から来ていた私が調子に乗って「えろおすんまへん」みたいなエセ関西弁の軽口を叩くと「ごめんしとくれやっしゃ」と濃いめの京言葉を返してくれる、そういうやりとりが定番だった。 助け合い、やれる準備は率先して済ませておき、お客様には丁寧に、でも物怖じせず。そしてサービス精神というかユーモアが、前提にある感じ。京都の商売人すべての人格を決めつけるわけではないが、何か彼女が美徳としている「働く理想像」みたいなものを、こっそり学ばさせてもらったような記憶がある。 『ソリティアおじさん〜』を読んで、あの京都の人の言葉の感じを思い出し、無責任な学生バイトの身分だったから楽しめたところもあるだろうな、京都で会社員したり人生を定めるとなったらまた違う感じ方したかもな、とかぼんやり思った。まあ京都は最高なんですが。 バイト先はただのカフェチェーンで、その後私は飲食とまったく違う業界で会社員になって10年以上経つけど、どこか労働姿勢の基礎は、あのバイト時代から変わっていない気がする。
  • 2026年7月10日
    アンチ・グッドモーニング
    たまのミュージカル観劇が趣味の不眠症な会社員が主人公で、ワシやないかいっ!と思って夢中で読んだ。有給をとって訪れた平日の劇場で、開演少し前に、ついチャットツールを見てしまったがためにあれよあれよと資料送付のタスクが生じて、でも大容量のメール送付ができなくてサーバーにアップロードしようにも社内ルールがそういえば変更になっていたから同僚にチャットでお願いして、と思ったらその同僚から別の頼まれごとをされていたのに気づき既読になった瞬間また別の責任を負うことになって、とさすがにここまでプライベート中に切羽詰まった事態に陥ったことはないけれど、想像にかたくなくて、めちゃくちゃ肝が冷えた。 技術進歩とコンプライアンスの浸透によって、効率化され働きやすくなったとされる現代のスタイリッシュ労働が、いかに嘘ばっかりで、毒づくめなのかを告発する本書の文が痛快である。同時に、そんなトキシックな社会システムの中でさしあたって働き続ける必要のある私としては、深い絶望を一緒に突きつけられているようでもあり、ひぇ〜、もうやめて〜、という気分だった。面白かった。
  • 2026年7月9日
    fishy
    fishy
    まがまがしいグータンヌーボという感じで、よかった。
  • 2026年7月7日
    発光せえ身体
    発光せえ身体
    「わたしの本なんて、だれも読んではくれないのだ。読んでくれないからびんぼうなのだ。」 なんて、アヤちゃんは書くけれど、私はずっと読んでいる。とにかく火の玉が転がり続けるようなエネルギーが文章からほとばしる。目が離せない。 私は、男の子を好きになってしまう気持ちにどう折り合いをつけていいかわからなかった二十代の頃、アヤちゃんの文章に出会えた。同年代の人がこんなにも真正面から自分と向き合っているのかと驚き、自己との悪戦苦闘を、とてつもなく面白い文章にしている事実に衝撃を覚えた。以来、ずっとファンだ。 たぶん、どうにもならない自分の気持ちをアヤちゃんに仮託していたところがある。それでいて、アヤちゃんと自分との生き抜き方の違いが興味深いのだと思う。 会社員として10年ほど働いてきた。学校のルールに沿って勉強するのはわりと得意だったから、その延長で仕事もこなしていけばいいかと思っていたが、近頃限界を感じている。 メーカーで、無茶ぶりのように高められる目標達成のため、効率化だなんだと神経をとがらせる毎日。男ばかりの職場で、自分も健全に働ける均質な歯車なのだと、ゲイであることはクローゼットにして、まぎれこむ。そういう戦法をとってきた。 最近かりかりしすぎて後輩に優しくなれない自分がいて、自分が嫌だった不機嫌でコントロールしようとしてくるおじさんに自身が近づいている気がしてうげーっとなっていた。私にできる最善の方法で生き抜いているつもりだが、そのことが私を余計に生きづらくしているかもしれず、システムに取り込まれている感覚がある。 これに対してびんぼうを貫くアヤちゃんは、経済システムを超越した存在なのだ、とかトンデモ言説をうちたいわけではない。けれど、なんというか、態度が毅然としている。マイノリティに優しくない世間に対して、毅然とした態度でいるように、私からは見える。例えば何かトラブルがあったとして、私はどうしてもへらへらして、なんてことありませんよという顔をせねば、と反射で息を止めてしまうところがある。もっと毅然としていたい。アヤちゃんのように。 そうやってアヤちゃん文章もっと書いてくれ〜とかなんとか、読者のお気楽な期待だけをおしつけていたことで、知らず知らずのうちにアヤちゃんに重圧がのしかかっていたのではないかと心配した。どうか健康でいてほしいと、月並みなことを思ってしまう。同じ時代を生きてくれているという事実だけで、こんなにも心強いのだから。
  • 2026年6月16日
    ポルトガル退屈日記 リスボン篇
    コロナ前、前職の出張で3週間ほど、ポルトガルの田舎町に行ったことがある。同行してもらう旅慣れたサービスエンジニアの先輩に、「たぶん終盤の土日付近は余裕ができるはずだから、最後にポルトまで観光しに行こう」と言われ、人生で初めて大西洋が見られるんだ、こりゃ人生観が変わっちゃうかもな、と謎に浮き足立っていた。が、蓋を開けてみたら出張終盤の私は慣れない土地での緊張がピークに達してお腹を壊し、とてもじゃないが観光に行けるコンディションではなかった。そんなわけで結局大西洋は拝めず、人生観も変わらずじまいだった。ことで(私の中では)おなじみのポルトガル。 リスボン観光の描写がどれもよく、行きて〜となる。路面電車のある風景は大好物。からっとした日差し。石畳の街中にある店先では、日陰で人々がのんびり茶やビールをしばいている。なかなか暮れない夕方から、ゆっくり飲み食いしつつ夜へとシフトしていく。 為替も世界情勢も、どんどんヨーロッパに行きづらいほうへと向かっている気がするので、本書を読むことでバーチャル旅情が味わえてよかった。そしてそれだけいっそう、ポルトガルへの旅行欲が俄然高まる。
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