
にっかり青江
@faizRDM
2026年7月15日
アヒルと鴨のコインロッカー
伊坂幸太郎
読み終わった
荒唐無稽な謎の魅力と、読後の切なさが同居する傑作
大学進学に伴い一人暮らしを始めた主人公・椎名の隣室には、河崎という一風変わった男が住んでいた。彼から突如持ちかけられたのは、「一緒に本屋を襲わないか」という誘い。なんでも、同じアパートに暮らす外国人が落ち込んでいるため、彼を励ますために広辞苑を盗んでプレゼントしたいのだという。 到底理解できない理由で本屋を襲うという計画。謎が謎を呼ぶまま、椎名は半ば押し切られるように事態に巻き込まれていく。常軌を逸した設定に、冒頭から物語の引力に呑み込まれてしまった 。
私自身も大学進学とともに一人暮らしを始めた経験があり、隣人への挨拶に緊張した当時の記憶が蘇った。あの孤独で不安な時期に、もしこんな変な人物に出会っていたら、正常な判断力を失って誘いに乗ってしまうのかもしれない――そんなリアリティさえ感じさせる導入だった。
物語は、過去編と現代編が交互に語られる構成で進んでいく。 過去編で主人公を務める琴美という女性、その相手ドルジというブータン人。物語が進むにつれてその世界観に深く引きずり込まれいった。過去と現代の人物が重なり、河崎、琴美、ドルジの3人が織りなす物語に途中参加した読者の分身椎名。
過去編により次第に明かされていく真相、なぜ広辞苑なのか、なぜ本屋を襲ったのか、そして河崎の真意とは。風景が一変する鮮やかな伏線回収、明かされる息をのむような真相には、ミステリーとして高く評価されたのも納得の深みがある。
ただ、一つだけどうしても言及しておきたい点がある。これは作品の面白さとは別の問題だが、個人的に読み進めるのが非常に苦しい部分があった。この点で本をなかなか読み進められなかった (以下、物語の謎解きには影響しないが、軽いネタバレを含むので注意)
本作は”ペット殺し”が物語の大きな軸となっており、ペットたちが痛ましい目にあう展開がいくつかある。犬を飼っていた経験のある身としては、非常に生々しく、辛い描写だった。同じような感情を抱く方は、注意が必要かもしれない。
不思議なことに、ミステリー小説で人が悲惨な目にあう描写は「物語の装置」として割り切れるのに、動物となると話は別だ。心に鈍くいつまでも残り、どうしても本を閉じてしまう。 人間に対する悲劇は「フィクション」として受け入れられるのに、動物の悲劇は「実体験」のように心に刺さってしまう。不思議なものである。




