
食いしん坊ちぇりぃ
@yummyyummycherry
2026年7月16日
読んでる
借りてきた
私も40代だけど大人になりたい。
以前地下鉄のホームで角ハイボールのポスターが目に飛び込んできた。私は井川遥さん出演のCMシリーズが大好きで、あのバーの店主に理想の大人の女性を感じていたので「私もあんなふうに大人っぽくなりたいと思ってるんだよね」と隣にいた夫に言った。すると怪訝な顔をされ「大人っぽいって何。あなたもポスターのあの人も大人通りこしておばさんだよ」と言われた。井川さんと同じ括りで語られ、内心かなりはしゃいで喜んだものの「いや、違うんだって、あの髪の毛長くて色気みたいな憂いのある目をしてる大人っぽい感じになりたいんだよぉー」と駄々をこねた記憶がある。大人どころか、さらに手前の大人っぽさを目指そうとしていた。その意識は今もさほど変わっていない。
なので、この本のタイトルをReadsで目にした時に刺さって手に取ってみた。半分近く読んでみて、王谷さんはフリーダムな感じだけど、かっちょいい大人だなと。大丈夫よ、大人じゃん!て思った。ものすごく自分を俯瞰で見る視座と、読み手が受ける印象がブレない的確な表現、語彙の幅。ガキンチョはそういうのない。荒れた飲酒に憧れを持つ人をわずかでも生み出さないようにと、自分のかつての破天荒な酒飲みエピソードを封印して書かないところなんかも、完全に責任のある大人って感じだ。子供の頃に想像するいわゆる大人とは程遠い感じなんだけど、でも素敵な大人だなと感じた。
今のところこの一文が、何故か好き。その柄の上着欲しい。
「そして今日も私は宇宙空間に子猫が何十匹も浮かんでいる柄の上着をひっかけて深夜のコンビニに行き、煙草とガリガリ君を買って帰る。」(p71)
カッケー!深夜にコンビニで煙草なんて大人っぽい!「煙草」か「ガリガリ君」じゃなく、どっちも買えてて大人!
**読了 7月18日追記**
読み終わっちゃった。このエッセイいつまでも読んでたいとか何度も読み返したいと思ったから買お。筆者のこと何ひとつ知らないし、本には頷けるところも、そうかな?と思うところもあったけど、不思議と連帯感を覚えた。
大人になった実感がないとか、大人になりたいというところに共感するものの、私は自分が本当はもう大人になってしまっていることを頭ではわかってる。だけど、未熟な自分をそのまま許容して欲しい、大人になんかなりたくないという子供じみたピーターパン症候群のような気持ちを捨てられないだけなんだよね。そして自分はまだ大人じゃないと思い込もうとしてる。
読んでいて王谷さんも、実はちゃんと大人だと思った。それは、彼女が世の中や他者や好きなものなどあらゆることと自分の間に明確に境界線をひいていて、その線の向こう側から自分をみつめる目を持っているように思えたから。彼女の語りは具体と抽象を自在に行き来するけど、目に見えるものに捉われてしまう子供にはそんなことできないしね。子供ははじめ自分と自分以外の線引きが曖昧。お母さんと自分が別人格なこともわかってない。お友達と自分が同じだと安心し、違いを感じると不安になる。社会で生きていくなかで徐々に自分の輪郭がわかるようになって境界線をひけるようになってくる。
たぶん私にとって大人とは、落ち着いた雰囲気があるとか、お金をたくさん稼ぐとか、子供がいるとかじゃない。他者とは異なる自分をよく理解し、それを静かに受け入れている人。境界線のこっち側についてはきちんと責任を負いつつ、向こう側の世界の仕組みも理解して他者や社会に想像力を持てる人。そんな人を大人だと感じるのかなーと思った。あと、ロースカツで消化器にダメージ受ける人はみんな友達だよ❤️









