みぎた "書庫に水鳥がいなかった日のこ..." 2026年7月5日

みぎた
@mj-bt
2026年7月5日
書庫に水鳥がいなかった日のこと
前作『いつかたこぶねになる日』の続きにあたる。 著者が、冒頭の「はじめに」の中でそう書いているから、それでよいのだろう。 自身の過去や現在の生活を通してみてきたこと、感じたこと、考えたことなど ー それらはときにわたしが見知らぬエリアに不意に跳躍する ー と、遠い昔に書かれた漢詩の世界とが、シームレスに、つながる。 その中で、あるいは、その間で、振り回されるのが、よろしかろう。 たしかに、「前作」はそうだったとおもうし、そしてこの本もそうだとおもう。 なお、「前作」と並べてその装丁を味わうのも、よろしかろう。 されど、同じ価格でありながら、ハードカバーとソフトカバーという一点の相違においては、昨今の各種コストの著しい上昇などといった背景を推察する。 そして、夥しい集団として貧しくなってゆくわれわれが、いつまで紙の本を ー 文字の大きさや形、並べ方に心を砕き、紙の種類や色を選び抜き、意匠を凝らして、刷り束ねたものを ー 手にして読むことができるのだろうか?という、仄暗い予感をおぼえる。
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved