じょなさん "赤朽葉家の伝説" 2026年7月17日

赤朽葉家の伝説
イエの話であり、時代の話であり、イエの女の話であった。それでいて、家の中に押し込められる女の窮屈さは感じられない。万葉も毛鞠も瞳子も、それぞれイエの責任を背負いつつも、己の人生を生き、そうすることでイエを支えたという自負心が感じられたからだろうか。 現代社会において、人は家庭に依らなくても生けてゆかれるようになった。しかし、芯をもって生きてゆくには、イエなり仲間なり恋人なり、他者の存在が不可欠なのだろうか。 鳥取の方言が、頭で聞こえる。父の実家が鳥取の峠の麓にある。世話になったおばさんの大きな大きな声が聞こえるようだった。 個人の話、イエの話までフィクションなのに、突然現実の時代の話が差し込まれる。さらに親しみ深い方言が飛び交うものだから、本当にこの村があったのだと錯覚しそうになる。今までもそんな小説は読んだことがあったが、ここまで我の実感に浸透してきたのは初めてだった。そして、個人からイエから時代から労働からと話が及ぶこの形態を「全体小説」というのか、と知るのはあとがき。確かに、全体だ。人間を取り巻く、全体。
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