
Sanae
@sanaemizushima
2026年7月18日
西洋の敗北と日本の選択
エマニュエル・トッド
読み終わった
好きで読んでいる本とちょっと趣が違うかもしれないものも読んでおこうと思い借りてきた。
半分反対、半分共感、という感じ。
まず何が反対かと言えば、日本も核を持った方がいいという発言がそこかしこにあるところ。
「日本の核武装は、中長期的に見て中国との信頼構築にもつなが」り、
「日本の対米自立を意味する」(p54)
私が今まで読んできたフランスの学者さんは、本質をつくことを単刀直入に発言する人が多くて、著者もそのひとりで共感したり、なるほどなと思うことが半分くらいあったが、この発言がなんというか、無責任としか思えない。
著者からすれば、私のような核武装など絶対反対の意見はユートピア的考えなのかもしれない。しかしそれだったらなぜ、人間は交渉するための言葉を持ち、連帯したり、お互いを思いやる人間らしさを持ち続けるのか。たった一発で全てを無にするものを発明したにも関わらず。
持っているだけで使わない、ということに何の意味があるのだろうか。そして使わないという保証はあるのだろうか。
「イスラエル人の無意識の深層では、今日、『イスラエル人であること』はもはや『ユダヤ人であること』を意味せず、『アラブ人やイラン人と戦うこと』を意味しているのでしょう。」(p149)
ガザのジェノサイドを非難する正統派ユダヤ教徒を見ていると、そうなんだろうなと思う。
政府は壁を作り、隣り合わせに住んでいるパレスチナ人であるにも関わらず、徴兵のあるイスラエル人は彼らのことを悪い人だという情報意外、本当に何も知らない。
「ガザ・キッチン」を開き、イスラエル人の青年は「わあ、すごく似たものを食べている、風景もそっくり」と言っていた。パレスチナ人やイラン人は戦う対象であり、自分たちは戦う人だと教わるんじゃないだろうか。
西洋の敗北というタイトルがついており、欧州の弱点をついた内容が受け入れられず、欧州では出版される機会が少ないと著者は述べていたが、他の要因もあるんじゃないかと思う。
少なくとも被爆国に核武装を勧める意見は、私には受け入れられなかった。







