
氷うさぎ
@yomiyomi
2026年7月19日

公共性
この音楽に全てが詰まっている、と思いながら鑑賞できる時ほど充実した時間は無い。
そこから距離を置く理性の働きはいかにして成立可能か?自由とそこから生じる視野の拡大は、自分の不甲斐なさをあぶり出す。その不安定化した心理をケアすることなしに冷静な理性は不可能だろう。
そしてそこに粗悪のケアを施すのがトランピズムだと思う。見なくていいんだよ、君はそこにいるだけで素晴らしい、おめでとう。推し活・オタク・新人類と共通するのは、世界の縮減とそれによる主体性の回復、自分の関わる対象物を世界の写像とみなす態度。
理想的なケアは、大きな世界の不安定性に対して共に耐えて抗う、みたいなことだろう。サードプレイス論が参考になると私は思っている。
アーレントは、自由の代償は不安定性だと述べた。逆に言えば、安定性の代償は奴隷精神とも言えよう。いいとこ取りはできない。
(推し活という政治──〈世界〉とのつながりが切れたとき(前篇)
大澤真幸(社会学者))