
いぬい
@inuiru
2026年7月12日
虚空蔵の峯
飯嶋和一
読み終わった
読んだ直後に思ったのはまず「つらい」そして「ずるい」だった。
郡上百姓一揆を題材にした話で、語り手は駕籠訴を行なった百姓たちを泊める公事宿の主人。飯嶋和一作品にはお決まりの真摯で誠実で確固たる信念を持つ男が出てきて、それを外野から見守りつつ、「ではじぶんはどう生きられるか」と考える……いつものやつだな、と冒頭で思ったが、これはあくまで背景に過ぎない。
語り手と事件との距離感が絶妙。公事宿というものを初めて知ったんだけど、訴訟のために江戸を訪れたひとたちを泊めるだけじゃなく、訴訟の手伝いをする。訴状には様式があって、それを書き慣れているのは宿の主人なのだ。取り調べにもついて行って、お白洲に同席し、発言を求められることもある。
駕籠訴を含め、役人や藩主を飛び越えての「越訴」は原則死罪という時代。命と引き換えに、彼らは藩主の悪政を訴えに来た。奉行所の役人たちもバカではないが、どこの組織にもしがらみがあり、忖度がある。命がけの訴えは思うようには届かない。
語り手は彼らの手伝いをするうちに、無力感をおぼえる。どう生きるのか、じぶんに何ができるのか。読み手の私もおなじように考える。こんなとき、私はどう生きるのか。何をするのか。命がけで何かを訴えることはできないだろう。では、せめて彼らのために何かできることがあるだろうか。なさそう。
語り手は、やがて夢を見るようになる。じぶんがお白洲に座らされて、尋問され、ありもしない罪を認めて「相違ございません」と爪印を押す夢だ。
そうしてあるとき語り手は、現実でお白洲に呼び出されることになる。尋問されて、数日の謹慎処分を受ける。語り手はホッとする。彼らは訴願人たちの苦しみを、ほんの一部でも共有できたってわけだ。しかし読み手の私はただ読んでいるだけだ。置いてきぼりである。私は語り手の位置にはいない。私は声をあげることもできない、名もなきひとびとのひとりだ。
悪政を訴えられた「諸悪の根源」(これも飯嶋和一にはお約束だと思う、パッと見は勧善懲悪スタイルなんだ)の金森頼錦は、ようやく取り調べられる段になって「記憶にございません」を連発する。これ、冗談みたいだけど政治家のひともよく言うよね。若いころは「記憶にないわけないだろ」と思ってたけど、ゆうべの献立もあやふやとなった現在、これは案外ほんとうのところであるように思う。
記憶にないことは記録になければ証明できない。いまをときめく(?)田沼意次などがありとあらゆる関係者を洗い出して問い詰める。ここは面白い場面。たぶん日本の政治家も、ひとりひとりはバカじゃなくて有能なんだろうな。たぶん。
「記憶にございません」はきっとほんとうなんだろう。記憶にも残らないようなことで、金森頼錦は多くのひとびとを搾取し、踏みにじったのだろう。出費がかさむから金を調達した。その「調達」の向こうに、おなじように人間が生きていて、死んでいくことなど見えなかった。百姓たちの財産を借りて踏み倒すのも、勝手に木を切って売るのも、おなじことだったんだろう。
彼らの命がけの訴えは、つまりそういうことだ。「私たちは人間で、生きている」ということ。
これ、メチャクチャ現代だなと思った。三百年以上前のことで、文化も背景も土地もちがうけど、地つづきの世界に生きていると思った。よく知らない相手を吊しあげたり、やみくもに石を投げたり(百姓たちが足軽たちに石を投げまくるシーンが実際ある、百姓たちの怪我は、ほとんどは投げた石によるものだった)、だれが敵なのか見定められず身近なひとを攻撃したり……戦争だって無人戦闘機がやる時代だ。
悪政によって苦しめられた村人たちは、藩主におもねる者と一揆に加わる者とで内部分裂する。前者のなかには、じぶんばかりが得をしようというひともいたけど、どうにか年貢を集めて乗り切ろうとするひともいた。後者のなかには、みんなのために立ちあがろうというひともいたけど、怒りにまかせて乱暴を働くひともいた。それらは全部、「べつべつ」のことではない。「加害者にはかつて被害者だった過去がある」とはニクラス・ナット・オ・ダーグ『1793』
に書かれていたことだけど、苦しんで、その苦しみが聞き届けられないひとたちは、苦しみを分かちあうこともできないなら、他人にも苦しみを与えようとする。苦しみそのものを取り除くには命をかけて訴えるしかない、最悪のシステムだ。
"作十郎が甚助の処刑について半七に話したことがあった。「甚助とは家も近く、幼いころからよく一緒に遊びました。あれは、昔から賢く、気立ても良くて」。それが四年前の金森家による有毛検見取の導入策が持ち込まれて以来、口もきかない仲となった。甚助は、東西気良村の年貢集めに奔走する作十郎を「寝者」「犬」と罵ったという。
「たしかに、わたしは気が小さく、御領主に抗おうという気はなかった。ですが、甚助の晒された首を見せられた時、おのれが甚助をあんな酷い目に遭わせることになったのではと、やってきたことはすべて間違っていたのではないかと、初めて思いました」声を震わせそう述懐した。
「年貢をきちんと納めた人が罪悪を犯したような思いをしなければならないのは、御領主の政事がまるでなっていないせいですよ」半七は思わず本音を言った。"
私に何ができるかと言えば何もできないが、せめて「向こうに人間がいる」ことはわすれないでいたい。