
いぬい
@inuiru
2026年7月19日
マジック・フォー・ビギナーズ
ケリー・リンク,
柴田元幸
読み終わった
「白猫、黒犬」が面白かった(わけが分からなかった)ので二冊めのケリー・リンク作品。視点の切り替えが面白くて、Aの視点だったかと思えばBの視点になる。神の視点と言ってもいいんだけど、それにしては登場人物に近くて、「しばしの沈黙」では「俺」と名乗ってはいるけど、結局おまえだれ? みたいな……六人しかいない部屋にいつの間にか七人めがいた、みたいな……え、Another???
(神じゃなくて「妖精さんの視点」だと思うって言ったらClaudeに「うまい」て言われた)
「妖精のハンドバッグ」
おばあちゃんの持ってるハンドバックのなかに村がいっこ入ってる話。犬が死ぬ。
「ザ・ホルトラク」
コンビニの向かいに「深淵」があってゾンビが住んでる話。犬が死ぬ。
「大砲」
ちょっと何言ってるかまじで分からなかった。
「石の動物」
庭に兎が大量にいて、家は幽霊に取り憑かれている話。兎は駆除され……たっけ?
「猫の皮」
魔女に育てられた男が「魔女の復讐」という猫と出かける話??? 猫は死な……ない……?
「いくつかのゾンビ不測事態対応策」
存在しない絵を盗んだ男がゾンビについて考える話。は?
「大いなる離婚」
生者と死者が結婚する世界で、死者の妻と離婚したがる男の話。妻子は死んでいる。
「マジック・フォー・ビギナーズ」
「図書館」というテレビドラマに夢中になる子どもたちの話。「図書館」という世界(図書館のなかにすべてがあって、だれもそこから出ない。演じるキャストは毎回変わるし、前回の役者が今回はべつの役をやっていたりもするし、死んだ登場人物は二度ともどってこない)はほんとに面白くて、実際にドラマやってたら私も夢中になったと思う。しかも「ありそう」な気がする。
「しばしの沈黙」
みんながそれぞれ好きな話をする話? 何の話って説明できないよ! 原題「Lull」は小康状態のことらしい。
「は?」と言いつつ「いくつかのゾンビ不測事態対応策」好きだった。「こわいもの」だらけの世界で生きる青年(?)のよるべのなさ。わけの分からなさのなかに突然スッと降りてくる生々しい切実さ……みたいなの、ほんとに描くの上手え〜……てなる。
p213
" 現代芸術は時間の無駄である。ゾンビが出てきたら芸術の心配なんかしてられない。芸術とはゾンビのことを心配しない人たちのためのものだ。ゾンビと氷山以外にも、ソープはいろんなことを考えている。津波、地震、ナチスの歯医者、殺人蜂、軍隊蟻、黒死病、老人、離婚弁護士、女子学生クラブの女の子、ジミー・カーター、巨大イカ、恐水病の狐、見慣れない犬、アナウンサー、子役俳優、ファシスト、ナルシスト、心理学者、斧を持った殺人犯、片思い、脚注、飛行船、聖霊、カトリックの司祭、ジョン・レノン、化学の教師、イギリス訛りの赤毛の男、図書館員、蜘蛛、蜘蛛の写真が載っているネイチャー本、暗闇、教師、プール、頭のいい女の子、可愛い女の子、金持ちの女の子、怒った女の子、背の高い女の子、感じのいい女の子、巨大な権力を持つ女の子、巨大なトカゲ、睡眠発作を患っているブラインドデートの相手、怒った猿、女性の衛生のコマーシャル、エイリアンが出てくるホームドラマ、ベッドの下の物、コンタクトレンズ、忍者、パフォーマンスアーティスト、ミイラ、自然発火。"
p224
" 時おり、他人の家にいると、ソープは居心地が悪い。俺はこんなところにいるべきじゃない。俺がいるべきところなんてどこにもない。誰も俺のことなんか知らないし。もし知っていたら好かれないだろうし。誰もがソープより楽しそうで、ソープの知らないことを知っていそうに見える。ゾンビが現れたら違うさ、とソープは自分に言い聞かせる。"
表題作の「マジック・フォー・ビギナーズ」も好き。主人公の少年と、彼が夢中な「図書館」というテレビドラマ。いったいどちらが「実在」なのかあやふやになるなかで、突然こちらにまで語り手の手が伸びてくる。
p311
" 時おり、大好きなテレビ番組のコマーシャルの最中に親友が電話してきて、ボーイフレンドのことを話したがったりする。電話を切ろうとすると、彼女は泣き出し、あなたはなんとか元気づけようとして、結局番組の後半を見逃してしまう。というわけで翌日仕事に行ったとき、何があったのか隣の同僚に教えてもらわないといけない。本のいいところはそこだ。どこまで読んだか、しるしをはさんでおけばいい。でもこれは本じゃない。テレビ番組だ。"
実のところ、夢中になってるフィクションと、じぶんの生活と、親や友だち、それぞれの物語がメチャクチャに混線していく感じってすごく身におぼえがあって……子どものころって、すべてが区別なく鮮明なんだよな。「虚構のなかの虚構と(読み手の)現実」の境界があいまいになっていく感じ……それはそれとして、かなりリアルな「子どものころの心細さ」みたいなのを思い出した。
あと好きだったとこ。
p283
" 『図書館』の特徴として、登場人物が一度死んだら、もう二度と戻ってこないという点がある。その死は現実の死と変わらないらしいのだ。だから、フォックスも本当に死んだのであって本当に戻ってこないのかもしれない。たしかに幽霊は何人かいて、血のいけにえを求めて図書館の周りをうろついているが、彼らは番組当初からずっと幽霊だった。邪な双子や吸血鬼もいない。もっとも、そのうちいずれ、邪な双子くらい出てきてもいいと思う。邪な双子を喜ばない人なんているだろうか?"
「しばしの沈黙」
これは作中作大好き人間には嬉しいやつ。ストーリーを説明しろと言われてもできない。「お話しをしてよ」とねだったらお話しをしてくれる相手がいるってかなりしあわせだよな。
あと悪魔が出てくる話は大好き。
p337
" エドは言う、「じゃあ君、俺にお話をしてくれるの?」
スターライトは言う、「そのためにあたしここにいるのよ。でもたいていみんな、あたしが何着てるか知りたがるけど」
エドは言う、「チアリーダーと悪魔の話が聞きたい」
ボーンズが言う、「で、何着てるんだ?」
ピートが言う、「終わりからはじまりに進む話がいい」
ジェフが言う、「何か怖いもの入れろよ」
アリバイが言う、「セクシー」
ブレナーが言う、「善と悪と真の愛をめぐる物語であって、かつ笑える物語がいい。喋る動物とかはお断り。語りの構造は凝りすぎないように。結末はハッピーエンドであるべきだが同時にリアリスティックで信憑性がないといけない。教訓にまとめるのはよくないが、あとで思い返してアッそうだったのかと啓示が訪れるのが望ましい。そして突然目が覚めてすべては夢でしたっていうのもナシ。わかった?」
スターライトは言う、「オーケー。悪魔とチアリーダーね。わかった。オーケー」"
p346
" 「じゃあ僕にお話をしてくれよ」と悪魔は言う。そして尖った、毛むくじゃらの前足で彼女の脚に触れる。「君のこと覚えていられるように、お話をしてくれよ」
「どんな話?」とチアリーダーは言う。
「怖い話がいい」と悪魔は言う。「笑えて、怖くて、悲しくて、ハッピーな話。何もかも揃ってるのがいい」。そう言いながら、自分の尻尾がひょいひょい振れているのがわかる。
「何もかもなんて無理よ」とチアリーダーは言って、彼の前足を手にとり、クローゼットの床に戻す。「お話のなかだって、何もかもなんて無理よ。欲しいお話全部なんて無理よ」
「わかってる」と悪魔は言う。情けない声。「それでも欲しいんだ。いろんなものが欲しいんだよ。それが僕の務めなんだ。もうすでに持ってるものまで欲しいんだよ。君が持ってるものはすべて欲しい。存在しないものも欲しい。だからこそ僕は悪魔なんだよ」。彼は淫らな目つきをするが、暗いので彼女には見てもらえない。我ながら間抜けな気分。"