
よろこびイサンディ
@yorocobi_isandy
2026年7月19日
読み終わった
本書を語る有識者が揃って「バザールとクラブ」への言及をするのは、おそらく社会学用語としての「サードプレイス」という人口に膾炙した概念があって、それで理解の素地が均されていたからなのだろう。
「サードプレイス」で慣れ親しんだ構造を「バザールとクラブ」へと微調整し、置き換えた。
本書にて、「サードプレイス」への言及こそなかったが、推して知ることができるし、だからといって、別にその一連が悪い訳でもない。
昨年末、下村寅太郎がライプニッツについて著した本を読了した際、犯した過ちを忘れている訳ではない。
20世紀後半のアメリカを舞台に活躍したローティの、その著作に当たるより前に、哲学的な流れをなぞる必要を、僕はまだ覚えている。
ただ、こうも魅力的に哲学者を表現されると、一足飛びにローティの著作に当たっている未来も想像に難くない。
そして、撃沈して、僕は哲学史の復習に戻ってくるのだ。
ローティについての本書を手に取ったのは、先んじて読了していた鼎談本の話者の一角としての朱氏の著作だったからであって、哲学への好奇心が引導した結果、という訳ではない、という、あて所に尋ね当たらない、退屈な言い訳をして、筆を置くことにする。