
だむ
@p0se1-d0n
2026年7月21日

すべての美しい馬 (ハヤカワepi文庫)
コーマック・マッカーシー,
黒原敏行
読み終わった
結局ただ一つの物語がありあとはその
様々なバージョンがあるだけだと不遜
にも断言してしまいたくなるときが
ある。
これまでも折に触れ扉を開き可能であ
ればこれからも頁をめくることを願って
やまない私にとっての唯一の物語。
それはここではないどこかを求めて
旅立とうとする魂の記録だ。
その意味で本書は大いに私を昂らせる
とともに未熟であっても他にすがるもの
もなく、自分の足でなんとか立とうとし
ていたかつての自分を思い起こさせて
もらったような気分になった。
そしてこのことはおそらく作者コーマッ
ク・マッカーシーにとっても同様だった
のではないか。
おれたち、やっちまったかな?
ああ。
追ってくるかな。
何のために?
わからん。ただ、なんだかあっけなさ
すぎる。
風の音が聞こえ馬の蹄の音がきこえた。
そう、そう!そうこなくっちゃ!
物語は主人公ジョン・グレイディと相棒
のロリンズ、そして風変りな少年ブレ
ヴィンズ(親に虐待を受けている)の
馬に乗ってのメキシコへの旅と彼の地で
の過酷な体験を描いている。
ジョン・グレイディは名うてのカウボー
イだ。とびきり上手に馬と会話するこ
とができる。馬をロープでしばったり袋
を用いて調教することなどお手のものだ。
平原で遠目に人の気配を感じることが
できるし腹が減ればウサギや鹿をしとめ
て調理することだってできる。後には
銃で撃たれた傷口を自ら銃身を焼いて
消毒することさえやってのける。
言ってみれば自然との共生に適応的な
すぐれた身体性を備えた彼にとって
水を得た魚のように生きることを可能
にすると思えた場所こそ「古き良き」
メキシコだった。
産業化の波が、資本の力がひたひたと
よせてくるアメリカから土埃の舞う
メキシコへ、善悪の明確な法の国から
血をもって証をたてなければならない
掟の国へ、自由の国から必然の国へ。
メキシコ行きは彼にとってひとつの
イニシエーションであったようにも
見える。そこには試練がつきものだ。
事実彼はメキシコで自由を奪われその
基盤たる身体を損壊される。掟に強い
られカウボーイからoutlawになる。そ
して愛する人を手に入れることは遂に
叶わない(まだ「一人前」ではないの
だから・・・ここは泣けます。)。
しかしイニシエーションとは異なり
その過酷を通過したあとであっても彼が
社会の成員として迎えいれられるわけ
ではない。いや、むしろ彼の側でアメ
リカを袖にする。
彼が立ち戻ったのはハイウェイがはり
めぐらされ、油田の掘削機が立ち並ぶ
テキサスだ(彼にはそれらが鉄の巨大
な原始時代の鳥のように見える)。
本来なら彼と親和性を持つはずのイン
ディアンにとってもすでに彼は通り
過ぎてゆくだけの存在に変貌している。
まあ、出ていくことにするよ。
この辺もまだ捨てたもんじゃないぜ。
ああ。わかってる。でも俺の住む場所
じゃないんだ。
・
・
おまえの住む場所ってどこだ?と彼が
きいた。
わからない、とジョン・グレイディは
いった。どこにあるかは知らない。
住む場所にどんな意味があるのかも
わからない。
ロリンズは答えなかった。
・
・
そう、ここは『人間の苦闘にも名声に
も無頓着な世界』『生者にも死者にも
無頓着な世界』だ。
だから旅を続けなければならない。
たとえ馬に乗れなくても、せめて本を
片手に。
