
じょるじゅ。
@kameupaupa
2026年7月24日
ゼロからの『資本論』
斎藤幸平
読み終わった
@ 自宅
『血肉となる読書』の拝読をきっかけに、またも母から「斎藤先生の本、持ってるよ」と借りて読みました。
一応、高校の選択授業で政治経済を取ってはいたものの、内容はほぼ記憶になく(先生ごめんなさい…)、それから全く経済学に触れることがなかったのですが、自分が働いている中で感じていた現代の経済構造や労働に関する違和感が説明されており「そうだったのか‼︎」という驚きと、「そうなんだよ‼︎」という共感の嵐でした。
日本では、経済について学ぶ機会が限定的であり、そもそもお金とは何なのか、労働とは何なのか、どのように経済が成り立っているのかなど、知る機会が少ないと感じています。
高校の科目として新設された「情報Ⅰ」なども大切かも知れませんが、経済に関する授業もしてほしいなと感じます。
(元SEとしては情報Ⅰはちょいと専門寄りすぎというか、これを勉強して学生さんに何を得てほしいのか謎だなぁ、というのが正直な感想です。そもそもあのレベルを教えられるのって、それこそ専門課程のある高校の先生とかでは…?)
本著を読まれて、「そんなの理想論だ」と思われる方も少なくないでしょうが、古典には「古典」として長く読み継がれるだけに、時代や国に関係なく、ヒントになることがたくさんあると改めて感じました。
少し話が逸れてしまって恐縮ですが、原発問題について大学生の頃を思い出しました。
ゼミの中で「原発の稼働に賛成か反対か」について、全員が自分の意見を述べるという機会があったのですが、全員が「反対」として進む中、一番最後に順番が回ってきた私は「そもそも原爆を落とされた国が原発に頼らないといけないくらい電力を使用していることが問題であり、今の生活を維持したまま別の電力に切り替えるのは現実的ではない。もしそれが可能なら原発稼働に反対だが、今は賛成とも反対とも結論できない」と答えました。
いま考えると、かなり生意気なことを言ってしまったなと恥ずかしい気持ちでいっぱいなのですが、それを聞いた先生が「そうなんだよねぇ。その通りなんだよ」と笑ってくださって非常に救われました。
さらに余談ですが、私の小中学校の給食は珍しく自校方式でした。たまに独創的というか、実験的なメニューが出てきたりもしましたが、美味しかったことはよく覚えています。小中学校時代にいい思い出は何もないもないのですが、それだけはよかったなぁと思います。