
DN/HP
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2026年7月25日
悪い山へとつづく怪
若本衣織
激烈に暑かった日の夜にお気に入りの怖い本を再読しはじめた。怖い話の納涼効果を信じはじめているから。まあ、それはともかくとしても、若本衣織さんのこの怖い本は強烈に怖くてとても素晴らしい。
まずはいちばん好きというか印象的だった「畜生の家」という話から。怖い話を聞いた怖い話を聞いて怖い話を書く、という構造の怪談。そこにある、その構造の中での最初の話者が「好奇心で覗き見しているんだろうけど、その馬鹿な行動のせいで、縁付くことになるぞ」という「縁」はどこまで続くものなのだろうか、その話を聞き書いた作家までか、あるいはそれを読んでいるわたしにまで至るのか。みたいな想像をしながら読むとより怖い。怖い話は積極的に怖がる姿勢で読みたい。というかこの話はそんなことしなくても、そもそも強烈だしめちゃくちゃ怖いのだけど。
この本全体の構成は街での話からはじまり村、集落を経て山へと続いていく。文章で描かれるその「道なき道」を辿っていくごとにより怖さも増していく、というわけでもなくて、一話目の街を舞台にした「縁起の悪い祭り」から極悪ハードコアな展開で——これはまあまあ余談だけれど怪談を読むときには、よくALL OUT WARの『For Those Who Were Crucified』を流している—— かなり急角度に落としてきて初っ端からめちゃくちゃ怖いし、その後も全部怖いのがヤバい。
「畜生の家」は村、集落パート(という括りはわたしが勝手にしているのだけど)の話だから、「山」パートからも一話好きな話を選ぶとすれば「人魂たばこ」。ちょっと惚けたようなタイトルは後期の水木しげるの作画で読みたいようなユーモラスな話を少し予想したけれど、山での準備不足から、好奇心、出来心での行動がとてつもなく残酷な結果を生む話。山、極悪である。
そうやって三つ話をあげてみれば、それは全て「好奇心」とそこからの行動で「怪異」と縁付いてしまう話なのだった。なるほど。
とそんなことを考えながら最後の話「山中蟲」を読めば、「それ以上、知ろうとするな。知ると、緑ができてしまう」という言葉は読者にも向けられているような気がしてきて、少し震える。たしかに今も好奇心から怖い本を読んでますけど、それを読むことで「それ以上」を知ることになってしまって、縁、出来ちゃいますかね……とまた怖がりにいってみれば、たしかに一瞬、暑さも忘れていたような気がしないでもない。
暑さで寝苦しい夜にも思い悩みで眠れない夜と同じように、やはり怖い本を読むべきなのかもしれない。

