
勝村巌
@katsumura
2026年7月26日
夏帆
村上春樹
読み終わった
村上春樹の最新刊を読みました。大変興味深い内容で一気に2周してしまいました。面白かったです。
テキストは加飾を削ぎ落とし、読みやすく、物語としては寓話性の高い、筆致としてはジュブナイル的とも読める表現になっていると感じました。
主人公が女性の絵本作家という点もこの作品の文体には影響しているのではないかと思います。村上春樹さくひんにはジュブナイルや絵本的なものとして、『羊男のクリスマス』や『不思議な図書館』、訳書ですが『空飛び猫』などもあります。これも村上春樹のある一側面として、これまであったものと感じます。
僕は今50歳ですが、高2の夏(1993年)に初めて村上春樹を読んで以来、継続して読んできました。いくつかの長編は数度読み返してますし、短編集も期間をおいて読み直ししたり、エッセイなども割と網羅的に読んでる方です。
『夏帆』は村上春樹のビブリオグラフィーからすると、今の村上春樹のキャリアの中で大変多様な側面を持った作品と感じています。
前作の『壁』からして、自身の『世界と終わりとハードボイルドワンダーランド』の「世界と終わり」の方のやり残しを大幅加筆の上、落とし前をつけたというような側面がある作品です。
続く長編としての『夏帆』もそういういわゆる大江健三郎がいうところのレイトワークス的な側面が明確に現れているなぁ、思いました。
まず、オビには「初の女性主人公の長編」と書いてあり、そこに注目が集まってもいますし、「村上春樹の描く女性主人公なんて!(全然共感できないに違いない)」みたいなことを言ってる人もいるみたいですが、短編集にはいくつもの女性視点の作品があります。
僕が特に好きなのは『東京奇譚集」における「ハナレイベイ」や「品川猿」で、この2作品が『夏帆』の執筆の前段にあることはだいぶ意味を持っていると思います。
『夏帆』が、レイトワーク的な側面を持っているというのは、こういった様々な短編集に記された表現的なモチーフを紡ぎあげて構成されていると明確に示されている部分にあると感じます。
以下、多少のネタバレが含まれますので未読の方はご自身の選択でお読みください。
まず、主人公の夏帆と母親との間の関係性は「品川猿」における主人公が名前を盗む猿から、主人公の人生の中にある悪きことの顕現として示される母や姉から愛されていないという事実と関連があります。
「品川猿」では主人公は「嫉妬の感情」がないというキャラとして表されています。『夏帆』では夏帆はこれが嫉妬の感情か? とその感情に自覚的になる場面があります。そういう意味では、「品川猿」では状況に戸惑わされているだけの受動的なキャラクターだったのが、主体的に自分の感情に自覚的になれる分精神的に成長したキャラクターとして描かれていると思います。
「品川猿」では、女性主人公はホンダのディーラーに勤めていて、自身のセールス的才覚は人並み以上のものがあると信じながらも、責任のない立場に甘んじているガラスの天井的な女性的オブセッションを抱えています。
しかし、夏帆は絵本作家としての自己を保ち、社会と接点をもちながら自立した女性として描かれています。そういう意味では、「品川猿」のカウンセラー坂木哲子まではいきませんが、個人事業主として引きこもり的で、学校が嫌いだったとかもあるにせよ、だいぶ作家本人に近いような印象を受けます。
そのほかにも、ありくいの親子が突然生活に介入してくるところなどは『神の子どもたちはみな踊る』の「かえるくん、東京を救う」と近いモチーフです。羊男やジョニーウォーカー、騎士団長や顔長などに連なる村上春樹におけるマジックリアリズム/非現実を象徴するような、かえるくんですが、これは非常に人気の高いキャラクターであると、村上春樹もどこかのインタビューで語ってましたから、今回の作品のジュブナイル的な要素として、それを意図的に配置しているのではないかと思います。
ジャガーやシロアリの女王なども、『ねじまき鳥』の綿谷ノボルやロシアの皮剥ぎボリスなどの象徴に近いような気もしますし、シロアリの女王は『女のいない男たち』の「木野」に出てくる蛇に象徴される、DVを受けている女性にかなり近い感じを受けます。
それ以外にも、ありくいの親子から荷物の運搬を頼まれるモチーフは『神の子どもたちはみな踊る』の中の「UFOが釧路に降りる」にあるモチーフですし、シロアリの女王を倒す刃物の柄が腎臓の形をしているのは『東京奇譚集』の「日々移動する腎臓の形をした石」からの流用でしょう。
そのほかには象の卵を盗むのは「パン屋再襲撃」や「象の消滅」などにあるようなモチーフですし、シロアリの女王をつくときに「今がそのときだ」みたいな木霊が響きますが、これは『騎士団長殺し』で顔ながを顕現させるために騎士団長を指した場面でも使われたセリフに近い。
また、風の声を聞く、というような村上春樹作品で繰り返し使われる表現も出てきます。
このように過去の短編に散りばめられた様々なイメージが練り上げられて『夏帆』の中には入り込んでいます。
かなり長くなってしまいました。主人公が作家ということもあり、村上春樹の創作論的な読み解きもできるとは思いますが、そこはまた別の機会に譲るとして、いろいろな過去の短編の積み残しをレイトワークスとして落とし前をつけつつ、より広い読者層に届くような文体で書かれているのも特徴と言えるでしょう。
連作短編的な読み方もできますし、お話の膨らまし方も村上春樹的で僕は大変に堪能しました。短編集との関連を読み解きながら見ていくという意味では、これから村上春樹を読み始める人にとっては、ここを入り口にすると、いろんなモチーフと逆算的に出会っていくことにもなるので、そういう読書体験もなかなかよいのでは、と思ったりもしました。
皆さんも過去の短編集と合わせて、ぜひ読んでみてください。

