みーる "それがやさしさじゃ困る" 2026年7月26日

みーる
みーる
@Lt0616pv
2026年7月26日
それがやさしさじゃ困る
それがやさしさじゃ困る
植本一子,
鳥羽和久
読むのが怖いと思った。でも、ページをめくる手が止まらなかった。同じ教育者の立場として何度も何度もどきりとさせられた。心臓を掴まれているかのような、そんなヒヤりとした感覚。  短いエッセイと鳥羽さんの日記で構成される本書だが、心に残る箇所がそれはもう数え切れないくらいにあった。 本書の核となっている「やさしさと配慮」。平成も「配慮」という言葉はあっただろうが、ここまで一般的に使われる言葉ではなかったように思う。「配慮する」ということは相手を思いやりできる限り、嫌な気持ちにならないように傷つかないようにする「やさしい」行為。その一方で、あらかじめトラブルや衝突を回避することで、「配慮しているのだから」という息苦しさや責任は全てあなたという構図が生まれると鳥羽氏はいう。実際、子供たちをみていても本当に優しい子が増えたように思う。しかし、それは「配慮」の名の下に相手と深く向き合ったり傷つけたり傷つけられたりする経験を最初から避けているようにも思える。自分のわかる範囲内でしか他者と接することをしない。タイトルの「それがやさしさじゃ困る」というのは、令和の人と人との関わりに警鐘を鳴らしているのではないだろうか。  さらに、本作のテーマとして「揺らぎ」の重要性が挙げられる。無意識のうちに、正解を見つけようとしたり世の中の風潮によって作られた既成概念を持ったまま子どもと接したりしている大人。そこに悪気はなくむしろ子どもたちのことを深く考えるからこそ。しかし、鳥羽氏は大人の悪気なさが子どもの挑戦しよう前に進もうという気持ちを奪っていることもあるという。受験や進路と向き合っている子どもに対してで親ができることは「待つこと」「一緒に考え揺らぐこと」「他愛もない会話をすること」「美味しいご飯と安心できる場を保証すること」勉強のやる気や方法、不安を煽ったりあなたは〇〇だからと決めつけることではない。親は、自分の子どものことが誰よりもわかると決めつけないこと。子どもはわからないものだし、自分が思っている以上にその先を見ている。教師もそのように考えないと子どもを苦しくさせてしまう。僕は、「不安を感じるということは何かを成し遂げたいからこそ自然と出てくるもの。だから不安を受け入れてそれをエネルギーに換えてほしい」と常々伝えていた。でも、鳥羽氏が「不安そのものに押しつぶされる子もいる」と述べていて、はっとした。みんながみんなそんなに強くないんだと。僕の話を聞いている生徒の中にも「他者からの与えられる不安」に押しつぶされそうになっていたのかもしれないと反省した。もちろん、それで頑張ろうするきっかけになる生徒もいるから伝える場や伝え方って難しい。  三者懇談会や面談でも、子どもの意思を中心に聞いてしまいがちだが、10代のうちに自分の意思でなにかを話すことができること生徒はほとんどいない。そのことを頭に入れておかないといけない。現代社会は「あなたが決めたんでしょう?」とあたかも自由な環境で決められたように思わせるが、親や社会の見えないレールのようなもの子どもたちはそれを察して、「決めているようで決められている」もどかしさを感じているように思える。だから、「とりあえず大学に行きたい」と自分の意思かのように言う生徒はきっと、そんなもどかしさを抱えているのではないだろうか。もちろん、鳥羽氏によれば、「とりあえず大学に行く」「高校に入ってから考える」は子どもにとって立派な意思表明。思えば大人である僕たちもそうやって漠然な意思でここまできたはずなのにね。  書きたいことや思うことはいろいろあるが、定期的に何度も読み返しては考えなければいけないそんな一冊だった。
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