
たまご
@reading-egg
2026年7月26日
ファイア・ドーム(下)
辻村深月
第五章。
やっぱりそうだった。
この、ミステリーを読んでいて「やっぱりそうだった」「私の推理は合っていた」と思う感覚、それを誰かに言いたくなる感情って、ファイア・ドームの論点である「噂は、軽薄で残酷な娯楽だ」と同じロジックなんじゃないかと思っている。
やっぱりそうだった、私の思った通りだった。
他の人は気づかなかったかもしれないけれと、私は気づいたという優越感。点と点を結びつける線を見つけた興奮。
ミステリーを読んでいつも思うのは、どこまで読者に悟らせるかを、作者はかなり綿密に考えているんじゃないかということ。
私は気づけた、ともしかしたらほとんどの読者が思っているのではないかということ。全て、計算されているのでは。
そこまで思っていても、やはり、「やっぱりあいつが犯人だったんだ」と言いたくなる。この感情は何なのだろう。
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どんな願いや思いを込めても、受け手に土壌がなければ、人はたとえそれが事実であっても、事実を事実の通りに受け止められない。読み手の気持ちまで、こちらは支配できない。
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ラスト、本間先生の視点の独白で、やりきれなさがまた募った。そうなんだよな、みんな、自分の正義で動いているんだよな。はたから見たら、それがどんなに理解できない論理であっても。
本間先生にも彼なりの、正義が、理由があって、それを知ったら、彼のとった行動に少し理解がおよんでしまう。
あと、子供たちの素直さがまぶしい。

