
Ryu
@dododokado
2026年7月27日
ギリシャ語の時間
ハン・ガン,
斎藤真理子
買った
読み終わった
「ときどき彼女は、自分は人間というより何らかの物質だと、動く固体か液体だと感じる。あたたかい飯を食べるとき、彼女は自分を飯だと感じる。冷たい水で顔を洗うとき、彼女は自分を水だと感じる。同時に、自分は決して飯でなく水でなく、どんな存在ともついに混ざらない苛烈な、固い物質だと感じる。彼女が全力を尽くして沈黙の氷の中から救い出し、のぞき込むことができたのは、今週一晩を共に過ごすことが許されている子どもの顔と、鉛筆を握ってギュッギュッと書きつける、もはや生命の絶えた古典ギリシャ語の単語だけだった。」
「彼女の目が見ている景色はただ、暮れなずむ道とはてしなく続くコンクリートの塀だけなのに、彼女ははっきりと木を見ていた。この前知ったばかりの文字の形がそこに重なった。ナム、と声を出して発音しながら、彼女は一人で笑った。ナム、」
「摩耗した巨大なのこぎりの歯の一部を撫でるように、彼女は自分の唇をまさぐってみる。ずっと昔に退化してしまった器官を思い出すように、言葉たちが震えながらほとばしり出てくる経路を、彼女は頭の中で探っている。
言葉を失ったのは特定の経験のせいではないことを、彼女は知っている。
数えきれない舌によって、また数えきれないペンによって何千年もの間、ぼろぼろになるまで酷使されてきた言語というもの。彼女自身もまた舌とペンによって酷使し続けてきた、言語というもの。
一つの文章を書きはじめようとするたびに、古い心臓を彼女は感じる。ぼろぼろの、つぎをあてられ、繕われ、干からびた、無表情な心臓。そうであればあるほどいっそう力をこめて、言葉たちを強く握りしめてきたのだった。握り拳が一瞬ゆるめば鈍い破片が足の甲に落ちる。ぴったりと噛み合って回っていた歯車が止まる。時間をかけてすり減ってきた場所が肉片のように、匙で豆腐をすくうように、ぞっくりとえぐり取られて欠落していく。」