
イツキ
@maruitsuki
2026年7月27日

反ミーム部門は存在しない (ハヤカワ文庫SF)
qntm,
鳴庭真人
読み終わった
「忘れる」をここまで面白くできるのか
感想ですが、すいません、長いです……!でも、それだけ自分的に当たりだったということで!
※ネタバレには配慮してます
タイトルに惹かれて読み始めた『反ミーム部門は存在しない』。SCPを題材にしたSFらしい、くらいの軽い気持ちだったのだけど、これは完全に当たりだった。読み始めたら止まらない。
この作品で扱われる「反ミーム」は、簡単に言えば、覚えていられない情報や存在のこと。ただ姿が見えないわけではない。見た直後に忘れたり、記録を読んでも内容が頭から抜け落ちたり、そもそも「そんなものが存在する」という発想自体が消えてしまったりする。
そんな相手を研究し、収容し、戦おうとするのが反ミーム部門だ。
しかし、存在を忘れさせるものを扱う部門なので、当然ながら部門そのものも忘れられる。
もう、この設定だけで面白い。
「反ミーム部門は存在しない」というタイトルも、最初は秘密組織ものらしい洒落た言い回しに見える。でも読み進めるほど意味が変化していく。笑えるような職場事情にも、恐ろしい事実にも、登場人物たちの覚悟を示す言葉にも聞こえてくる。このタイトルの使い方が本当にうまかった。
序盤は、奇妙な怪異を科学と官僚制度で真面目に処理していくSCPらしい楽しさが強い。記憶を守る薬、情報を食べる存在、認識できない侵入者など、次々と面白いアイデアが出てくる。
それだけでも十分楽しいのだけど、物語が進むにつれて、話の規模がどんどん大きくなっていく。
個人の記憶の問題だったものが、組織の歴史へ、文明へ、人類全体の危機へと広がっていく。それでも設定だけが大きくなって人物が置いていかれることはなく、最後まで登場人物たちの選択や関係性が物語の中心にある。
特に印象に残ったのは、この作品が「知ること」を単純に良いものとして描いていないところだ。
普通の科学では、観測し、記録し、共有することで真実に近づいていく。でも反ミームを相手にすると、調べること自体が危険になる。知れば知るほど不利になり、研究が成功するほど状況が悪化することさえある。
それでも人間は知ろうとする。
忘れても、失敗しても、また同じ疑問にたどり着いてしまう。
その姿は愚かにも見えるし、同時にとても人間らしく、格好よくも見えた。
怖い場面もかなり多い。ただ、血まみれの怪物が突然飛び出してくるタイプの怖さより、「目の前にいるはずの人が認識できない」「大切な何かを失ったはずなのに、それが何だったか分からない」という種類の怖さが中心だ。
人が大勢いる場所なのに誰にも気づいてもらえない場面や、何か重要なものが欠けているのに、その空白しか確認できない場面はかなりぞっとした。
一方で、絶望的な状況を研究者の発想や機転で切り抜ける場面はとても爽快だ。
この作品では、怪物を倒すために必要なのは単純な武力ではない。相手がどんな情報の法則に従っているのかを理解し、その前提を逆手に取る必要がある。研究、実験、推論がそのまま戦闘になる。
登場人物たちが、ときには常識外れの方法で解決策を見つける場面はかなり熱い。
難しそうな用語や複雑な設定も出てくるので、気軽に読める作品とは言いにくい。時系列や人物関係が分からなくなる場面もあるし、説明を一度で完全に理解するのは難しいと思う。
でも、その「分からなさ」すら、認識や記憶を扱う作品の読書体験として機能している。あとから真相が明らかになると、それまで読んできた場面の意味が一気に変わる。そのたびにページを戻して確認したくなる作品だった。
SCPが好きな人はもちろん、概念を扱うSF、認識が揺らぐホラー、伏線が後からつながっていく物語が好きな人にはかなりおすすめ。
反対に、設定を細かく考えずに一直線の物語を楽しみたい人や、専門用語の多いSFが苦手な人には少し大変かもしれない。
それでも、タイトルや設定に少しでも惹かれたなら、読んでみる価値は高いと思う。
「忘れる」という現象だけで、ここまで怖く、熱く、壮大な物語を作れるのか。
読み終わったあと、タイトルをもう一度見て、最初とはまったく違う意味に感じられる作品だった。



