yomitaos "夏帆" 2026年7月27日

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@chsy7188
2026年7月27日
夏帆
夏帆
村上春樹
陰謀論者|差別主義者が政治を動かすようになってしまった、この日本という国に絶望しているからかもしれないが、私は『夏帆』を抵抗の物語として受容した。 ある種の毒親として描かれる母親からの脱却が、夏帆が描く絵本の物語の変容と並べながら記述されていることで、「父殺し」ならぬ「母殺し」の物語としても読めると思うが、だとすると随分陳腐でありきたりな、今さら村上春樹が書くべき小説だとは思えなかったのも大きい。 母は女王シロアリという悪の権化のような存在に心身を乗っ取られ、急速に変容している。もともと親愛の情を抱く人ではなかったにせよ、露悪的な振る舞いをするようになった母に困惑しているのは夏帆だけではなく、信頼のおける叔父もそうだった。なのに、長年ともに生活しているであろう父は気づいていない。いや、分かっていて見て見ぬふりをしているようにも見える。 母の急変は、それまで「普通の人」だった人間が急に差別的な思想を持つようになる、いわゆるネトウヨ化と見做せる。そうなるに至った経緯≒原因としてはYouTube動画やヘイト本などいろいろあるだろうが、単一のものではない。 「結果には必ず原因がある」という言葉は普遍的で、誰もが疑っていないように感じるが、だからと言って納得できるかは別問題だ。母が急変したのは、悪意を持つ女王シロアリが取り憑いたからだという原因を教えてもらったところで、「なるほど」とはならない。 冒頭で夏帆に「君みたいに醜い相手は初めてだよ」と残酷な言葉を投げかけてくるモーターサイクルの男は、強調するように太字のセリフで以下のように語る。 「ひとつ心に留めておいてもらいたいことがある。それはね、我々が人生において体験する深刻な混乱の大半は、原因と結果の間に等価性が見いだせないことによって生じるということだ。」 母の変容を原因と結果の法則から導いたところで、そこに等価性は見いだせない。夏帆は武蔵境の自宅の底に住まうありくいの夫婦(特に奥さん)から助言を受け、母を救う、あるいは折り合いをつけるための物語を紡ぎはじめる。 これは現実の物語としても、描く絵本の物語としてもそう。むしろ、現実を理想的なものとするために絵本の物語を変容させているように見える。つまり、結果に納得いかないから原因側を改変している。これは結局のところ、原因と結果の間に等価性を見いだせないからだと私は理解した。 小説では、「母殺し」に成功した夏帆が元の生活、いや人生を取り戻していくように語られる。けれど、私には変容した母と折り合いをつけるために折衝を続けるのではなく、強硬的な殺傷行為を行って悪意の部分だけを排除したように読めた。変容した悪意の部分だけを殺す? そんなことが可能なのだろうか。それは例えば、「陰謀論者の脳に介入して、陰謀論部分を切除したら善良な人間に戻る」と言っているようなものだ。個別具体的な原因などというものは無いのだから。 夏帆は自分が思う理想的な物語(=自分が描く絵本)に合うように現実を改変したのではないか。それが表題の英語部分「The Tale of KAHO」の意味合いなのではないか。 夏帆に辛辣な言葉を投げかけるモーターサイクルの男は、「自身は女性の人権に配慮できる現時代的な中年男性である」という自己認識の、自称リベラルな差別存知論者と解釈できる。差別はいけないけれど、相対的に女性が差別される側にあるのは、ある種仕方のないことだと受け止めている自称守護天使(≒パパ活おじさん的?)って、果たして夏帆の味方だと言えるのか。 ありくいの夫婦もそうだ。何かにつけて夏帆の側に立つ素振りを見せ、諸悪の根源として女王シロアリを持ち出すが、この夫婦を信頼する理由は特に無い。自論補強のためにシロアリらを使っているようにも見える。 世の中が極端に人種差別的になっている中、良識を持つ側であり続けるためにはひたすら抵抗の精神を抱えていないといけない。私は「人の本質は悪」だと思っているので、基本的には負け戦が続く。夏帆は良識ある人だと思うが、モーターサイクルの男やありくい夫婦などの疑わしい存在にかどわかされながら、苦しいまでの撤退戦を続けているように感じられた。 子どもを読み手に描かれる絵本は、やはりどこか「絵空事」になる側面がある。現実世界はそんなにきれいなもんじゃない。それを分かっていて、「こんな嘘みたいな世界が現実になればいいのにな」という、少しの希望が込められているように思う。夏帆の描く絵本は、自分の非現実じみた体験を経て変容していくが、そこに私はわずかばかりの抵抗の精神を垣間見た。
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