
阿久津隆
@akttkc
2026年7月14日
八月の光
ウィリアム・フォークナー
読んでる
また6時前に目が覚めてしまって、まぶしくて、本を開いて片目で読み始めると夜で、2階とかの部屋から落とした網をつかんでするすると下りていって、そして歩いていく後ろ姿、夜遊びに違いない、その後ろ姿をマッケカンが部屋の窓から見ていて、それから家を出て、ジョーの後を追って、彼がやってきた車に乗り込むのを見た。マッケカンが目撃したのは、ジョーが、車に乗った、それだけだった。
p.264,265
その車にはほかに誰がいるかたぶん彼には問題でなかったのだ。あるいはそんなことはもう知っていて、彼の注意は車がどの方向に行くかだけに注がれたのかもしれぬ。いや彼はそれさえ分ったと信じたのかもしれぬ。なにしろ、あの車は郡のいたるところへ通じるどの道へも曲れるし、どこへ行くかも分らなかったのに、すでに彼は確固とした態度で家のほうに身を転じたのであり、例の純粋で公平な憤怒に満ちて足早に歩いており、まるで自分がこうと信じた以上は、個人の能力を超越した何か大きな純粋な怒りが彼を導いてくれる、とでもいったふうだった。
それで馬小屋に戻って馬に乗って、前のめりで駆けていった。もっとも速度はそんなに出ていなくて、のろのろとしていて、「あたかもその動きは、人と馬とがすべてを知りすべてを見通す冷厳かつ不動の信念をいだいている以上は、方向を定めたり急いだりする必要はない、とでもいったふうなのであった」とあって、たぶん語り手が推測として書いているところとも関わるのだろうけれどマッケカンの凄みみたいなものが屹立する感じがあって、マッケカンは悪役というかだるい役回りだが、いっとき小説を乗っ取った感じがあった。