
阿久津隆
@akttkc
2026年7月15日
八月の光
ウィリアム・フォークナー
読んでる
p.284
彼はひっそりした夢のような状態で立っていて、それもまっすぐ立っていたのは、坐っていた給仕女がだしぬけに飛びあがってぶつかったからだが、その彼の目にはいま女が立って、かたまったり散らかったりしている金をかきあつめては投げつけているのが映った、女の顔が張りつめ、口は叫んでいて、目もまた叫んでいるのを彼はぼんやり見ていた。そこにいる人間たちのうちで冷静に落ち着いているのは彼だけというふうに見え、彼の声だけが人の耳に残るような静かさだというふうだった、「あんた、いやなのかい?」と彼は言った、「いやだっていうのかい?」
恐れを感じながらもすっかり何かが噛み合ってフォークナーを延々と読んでいるのは、この離人の感覚によるところがもしかしたら大きいのかもしれない、と初めて考えて、意思なんかは大したものではないかのような、意思より先に行為がありあふれる言葉があるかのような、人間が行為や発話を反響させる空洞の装置であるかのような、そういう感じこそが僕にとってのフォークナーなのかもしれない、と思いながら、寒々しい場面を読んで、クリスマスが袋叩きになる様子を見て、でも痛みは感じていないらしかった。









