
ヒヨリ
@charonll
2026年7月27日
国籍と遺書、兄への手紙
安田菜津紀
読み終わった
「もしも」ばかり考える最近。最近は日本にいるのがしんどくて、どうしたらいいか分からないのでひたすら本を読んでみる…「弱いのは個人ではなく社会の支え」
その通り、その通りだ 本当に…
差別は人々の生も死も否定する。
もはや個人の思想のレベルを超えて、社会構造(装置)として差別が機能している今、その中で生きた人の歴史を知ることについて考える。
"そもそも日本の植民地支配がなければ、祖父たちは日本に渡ってきていないかもしれません。もしもその後、朝鮮戦争が起きていなければ、祖父たちはもっと早く、故郷に戻ることができたかもしれません。そうなっていれば、父さんと母さんは出会うことがなく、兄さんも私も、生まれていなかったでしょう。
この「もしも」を突き詰めると、複雑な思いになります。すべての時計を巻き戻し、戦争が起きて自分が生まれる世界の運命と、戦争が起きず私が生まれない道が選べるなら、私は後者を選びたい、と思うことがあります。
でも、一度進んだ時計は、二度と巻き戻すことはできません。そして私は、私たちは、「生まれてきてしまった」のです。
占領も、戦争も、起きてしまったのではなく、起こされてしまったものです。ただ私は、「生まれてきてしまった」ではなく、「生まれてこれた」と言えるよう、自分の命を何のために使うのかを考えています。"

