
本屋lighthouse
@books-lighthouse
2026年7月28日
知覚の宙吊り(986)
ジョナサン・クレーリー,
大木美智子,
岡田温司,
橋本梓,
石谷治寛
読み始めた
『スローメディア』の次に読むのはどう考えてもこれで、しかしその中身の難しさにひいひい言いながら、どうにか読み進めている。とにかく「注意」というものは不完全で、注意して見ているつもりのものでもその対象の「すべて」を「正確に」知覚することは不可能だし、そもそも「注意」を正確にあるひとつの対象に向け続けることも難しい、みたいなことがおそらく書かれている。という話を私はガストで、後ろの席ではだれかがパレスチナの話をしていて、目の前ではひろこさんが「ポテチ食べたくなってきた」とか言いながら勉強しているのを、本を読みながら知覚してしまっている。注意散漫。





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どんな感覚でも、それが一見いかに基本的なものに見えようとも、つねに記憶や欲望、意志や期待、さらに直接的な経験の入り混じったものである(p.42)

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資本主義の文化的論理によれば、われわれは、あるものから別のものへとすみやかに注意を切り替えるのは自然なことだと受け入れるよう要求される。加速された交換と流通としての資本は、この種の人間の知覚順応性を必然的につくりだし、注意力と散漫との相互的な体制となっていった。(p.44)