
紺
@kon_
2026年7月29日
新版 いっぱしの女
氷室冴子
まだ読んでる
@ Shibuya Publishing & Booksellers
p.138〜「愕然の日々」
テレビコマーシャルに対する著者の書きぶりのするどさと軽妙な筆致にくすりと笑って、世の中が今もってあまり(というかほとんど)変わっていないことにちょっと泣けた。
それにしても、「ひとは男に生まれない。男になるのだ」なんて、おぞましいコピーを使った生命保険のCMがかつてあったなんて…。
『尻馬乗りのお先棒かつぎというのか、こういうのは時代がかわれば、どんなカッコいいスローガンを打ち出すか知れたもんじゃない。コピーライターなんて、カッコよくいうからよくない。時代スローガン屋といってりゃいいのだ。』(p.144)
『草葉のかげで、ボーヴォワールも愕然として寝返りをうってますよ。思想を骨抜きにして言葉を形骸化させてしまうフシギな国、それがジャポンだと。』(p.146)
コロナ禍の吉村大阪府知事の「ガラスの天井を突き抜けた」という(新型コロナ新規感染の過去最多水準突破を指した)誤用を思い出した。
あのとき、言葉を奪われた、という絶望的な怒りがあった。わたしたちのために生み出された言葉を、よりによってあなたが奪うの、という気がした。
一方でまた、高島鈴さんが『布団の中から蜂起せよ』で書いていた〝感情を、言葉を軽く扱わないこと 柔らかく煮込まれて変質してしまったその意味を奪い返すこと〟(うろ覚えなので細部が異なると思います)を思い出す。私もいくつかの言葉において、その意味を軽くする/変質させることに加担している一人かもしれない、と自省。
意志を持って、〝本気で〟言葉を使おう、と気を引き締める。

