
絵美子
@835emiko
2026年7月29日
中動態の世界
國分功一郎
読み終わった
思いつける(つけないものも含む)すべてから自由に選択できる訳ではなく、限られた中からの選択という行為でも、選択は自らの意思に基づいた行為と見なされるのがどうしても不思議で、というか大体の行為は限定された選択で、じぶんの始まりでさえ1ミリも何も選んでおらず、過去から連綿と続いた事象、誰かの選択の結果わたしが始まったのに能動って何だ?わたしだけの能動は可能なのか???そしてこの教室の中にいる人間各々にもとてつもない量のそれ(過去の数えきれない要素)がある???と言う個人的な解釈に長年精神的に嘔吐、嚥下困難を起こしていたが、第1章から丁寧に助走して第5章で一気にスパークしてがたがたと鱗が落ちて月にタッチして人間に近づいた。そして11ページ後でやっぱりかと膝からくずれ落ちた。(この世に生まれた時点で過去の要素を含まない絶対的なはじまりなど存在しない)
スパークの始まりがあまりにも静かに鳴っていたが最終章を読み終わって(謎でもあった)意志についての(能動態-受動態の対立としての)パースペクティブはこれまで持っていたものと全く違うものになった。あとがきにまでも気韻が漂っており、最後の文庫版補遺までも隅々まで読み応えに満ちていた。
進む度に読み返すことで理解に近づく本だったので長いこと鞄におり、読み終わって友達が去っていったかのような気分になっている(読み終えたと言うことはズッ友でもある)

