おとうふだいすき "ぼくは勉強ができない" 2026年7月29日

ぼくは勉強ができない
(めっちゃ面白かったから、感想もめっちゃ長いです😂) 『勉強ができない』とはよく言ったもので、この高校生から学ばされることの方がよっぽど多かった。 等身大の高校生らしい悩みを抱えながらも、「当たり前」や人生の窮屈さをさらっと言語化してしまう。 その視点がどこか痛快で、何度も立ち止まって考えさせられた! (少し話は変わるけど、) あるクリエイターのポッドキャストで、「美醜や学歴みたいな一元的な価値基準にこだわるのをやめたいです」という相談に対して、 「まだ価値観の奥行きが見えていないんだね」と返していたのがずっと印象に残っていた。 それ以来「価値観の奥行き」って何なんだろう〜とぼんやり考えてたんだけど、 この本を読んで「これかも!」って腑に落ちた。 「自分とはこういう人間だ」と決めつけてしまうことで、そのイメージが揺らいだ瞬間、自分自身まで否定されてしまうこと。 社会から外れないように外れないようにと、他者が示した価値観にしがみついてしまうことの窮屈さや、どこかある、かっこ悪さ。 主人公たちは、それを「正しい・間違っている」と説教してるわけじゃなくて、問答してる感じ。だからこそ、読み手である私も「うちもそうかも…🤔」とか、気づいたら自身を省みていることもあった。 ほかにも、(主人公は母子家庭なのだが) 主人公にとっては自身が母子家庭であることも、父親がいないことも、母親が派手であることも、ただの事実にすぎない。 それなのに、「父親がいないからこうなんだ」と理由や意味を与えてしまうのは、いつも周りの人たちで。 その構図って、ニュースでも日常でも、私たちが無意識のうちにやってしまってるよね、とか。 あと「不幸ぶることって、幸せを持て余した人のやる愚かな行為なんだ」とか。 (モヤモヤ抽象的なことや不幸なことを考える行為って、美味しいご飯や身体的な痛みの前ではなんも役に立たないよね🤷‍♀️とか) ぽつぽつと、考えさせられる言葉や場面が散りばめられていたのが印象的だった。 そして、あとがきの 「叙情は常に遅れて来た客観視の中に存在するし、自分の内なる倫理は過去の積木の隙間に潜むものではないだろうか。」…の一文には、脳が痺れた💫 実はこの本、地元の高校の課題図書になっていて、それが理由で、手に取った一冊で。 高校生や大学生って、まだ自分というものが固まりきっていなくて、アイデンティティがゆらゆらしている時期だからこそ、「こうあるべき」という価値観に苦しくなることも多いと思うし、実際自分もそうだったなーと思う。 だからこそ、この本は自分の価値観を少し広げて「自分はこういう人間かも?」と枠組みを広げ、素直に他者との違いを認め、人生の余白を楽しませてくれるような一冊だなと感じた! ……課題図書に選んだ先生、さすがだ😳👏
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